第43話 新たな属性
体が浮くという初めての経験に驚き、咄嗟に全身へと力を入れたけれど、風は私を吹き飛ばすのではなく真っ直ぐ上へと運んでくれた。
これが聖樹様のお力……あまりにも浮世離れしている現実に、驚きを通り越して冷静になってしまう。本当にこれは現実なのかと、夢ではないのかと疑ってしまうほどだ。
『名は何と申す?』
「リリアーヌと申します。正式に婚姻を結べば、リリアーヌ・ユティスラートとなります」
『承知した。では名を思い浮かべながら我の核に触れるのだ』
聖樹様のそのお声が聞こえた時には体の上昇速度が緩やかになっていて、少しして止まった。すると目の前には、とても綺麗な翠色の宝石があり、そっと手を伸ばす。
綺麗で惹きつけられる宝石に触れた瞬間、ピカッと強い光が放たれ、私の名が聖樹様の幹に刻まれた。
『お主には空間属性を新たに授けた。それを使い、愛する者の下へ帰ると良い』
「本当ですか! ありがとうございます……!」
嬉しさのあまり前のめりで感謝を伝えると、それに応えるようにまた強い風が吹いた。
今度の風ではたくさんの葉が操られているのか、私の周囲をぐるぐると回るように飛び……気付いた時には、地面に降り立っていた。
「聖樹様、心より感謝申し上げます」
その言葉に返事はもらえなかったけれど、なぜか聖樹様には届いたと確信を持つことができた。
最後に聖樹様をもう一度見上げてから後ろを振り返ると、そこにはのんびりとくつろぐラウフレイ様がいる。
「ラウフレイ様」
『リリアーヌ、問題なく空間属性を授かったようだな』
「はい。帰還できる希望を得られると共に、とても稀有な経験ができました。ここまで案内してくださり、本当にありがとうございました」
『良いのだ。気にする必要はない。それよりも早く空間属性の練習をしなければいけないな』
ラウフレイ様のそのお言葉で、まだ全てが解決してないことを思い出した。空間属性を授かったとしても、それを使いこなせなければ意味がないのだ。
「使い方を教えていただけますか?」
『もちろんだ』
それから私は聖樹様の周囲に広がる花畑で、丸二日を空間属性の習得に充てた。最初は難しく使いこなせるか不安だったけれど、ラウフレイ様の的確な助言のおかげで、任意の場所に転移をすることが可能になった。
またそれの応用として、遠くにいる人に声を届ける魔法も習得できた。これで帝都へと戻っても、ラウフレイ様といつでもお話ができて、さらにはここへいつでも帰ってくることができる。
「転移魔法は、距離が遠くても消費する魔力量があまり変わらないところがありがたいです」
『そうだな。どれほど物理的な距離があったとしても、空間を繋げ合わせるのに使う力は変わらない。リリアーヌは魔力量が人間の中ではかなり多いし、問題なく実用できるだろう』
「はい。ラウフレイ様、私のためにご尽力くださり、本当にありがとうございました。このご恩は決して忘れません。どうにか恩返しができたら良いのですが……」
ラウフレイ様に喜んでいただける恩返しが思い浮かばず悩んでいると、ラウフレイ様はふわふわな毛並みを私の手に擦り付けるようにしてから、首を横に振った。
『気にする必要はない。我も楽しかったからな。もし恩返しをと思うのであれば、たまには私のところに来てくれたら嬉しい。話し相手になってくれ』
「それはもちろんです」
すぐに頷くとラウフレイ様は私から離れ、ゆったりと花畑に横になった。
『では行くと良い。大切な人の下へ帰るのだろう?』
その言葉を聞いた私の心にはフェルナン様を始めとして、エメやクラリスなど、大切な人たちの顔がたくさん思い浮かんだ。
今まで考えないようにしていたけれど、一度考えてしまうと今すぐに会いたくなる。
「はい。……ラウフレイ様、またお会いさせてください」
最後にそう伝えると、ラウフレイ様はこちらに柔らかい眼差しを向けてくださった。私はそれに微笑み返しながら、二日間で習得した転移魔法を発動させ――
深淵の森を、後にした。
一瞬のうちに景色が切り替わり、私が着いたのは執務室のようだった。
目の前にはずっと姿を見たいと願っていたフェルナン様がいて、さらには皇帝陛下であるレオポルド様、皇妃殿下であるヴィクトワール様がいらっしゃる。
近くにはノエルさんとリュシーさんもいて、大きな紙に描かれた魔法陣を研究しているようだ。
本当に――帰ってくることができたのね。
目の前の光景が現実だと認識できたところで、私の胸の中に言いようのない喜びが広がった。
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