第42話 怒りと聖樹へ
父上と共に執務室で待機すること約一時間。やっとシャブラン侯爵が戻ったと連絡が入った。すぐに皇帝執務室まで侯爵を呼ぶと、入ってきた侯爵の表情は……青白く強張っていた。
これは、ベルティーユがクロで確定だな。しかしそれにしても、あまりにも顔色が悪いように見える。体も震えて今にも倒れそうだ。
――リリアーヌに、何かあったんじゃないだろうな。
そんな予想が頭をよぎり、心配や焦り、怒りから拳を握りしめた。
「お、お待たせ、いたしました」
「それで、ベルティーユと話はできたのか?」
さっそく父上が本題を問いかけると、侯爵は震えながらその場で両手両膝をつき、頭を床にゴンっとぶつけた。
「た、大変申し訳ございません……! 我が娘ベルティーユが、リリアーヌ様に嫉妬をして此度の事件を画策したようですっ。本当に、何とお詫びをしたら良いか……」
「侯爵、詫びは後で良い。リリアーヌはどこだ。屋敷にいたのか?」
今はとにかくリリアーヌの安否を確認したくて問いかけると、侯爵は躊躇いを見せた。
「そ、それが……」
「なんだ、早く言え」
父上も焦れているのか続きを促すと、侯爵はまたしても床に頭をぶつけながら頭を下げ、震える声で告げた。
「ベルティーユに、よりますと……リリアーヌ様を、皇宮にある失敗作の転移魔法陣で、その、どこかに飛ばしてしまったと……したがって、ベルティーユにも居場所は不明であると」
その言葉を聞いた瞬間に私の中で怒りが爆発し、怒りから渦巻く魔力が炎となって現れてしまった。放たれた火炎は執務室の壁にぶつかり、爆音と共に大穴を開ける。
散乱した瓦礫と頬を撫でる熱風に侯爵が腰を抜かしている中、護衛の騎士たちが執務室の中へと雪崩れ込んできた。
「陛下! ユティスラート閣下!」
「ご無事ですか!」
それによって父上は椅子から立ち上がり、私のことを振り返る。
「フェルナン、今すぐに騎士団を捜索に動員しろ。あの魔法陣が描かれた当初の記録も残っているはずだ。もしかしたら飛ばされる場所に法則があるかもしれない。それから各領地にもリリアーヌ捜索の願いを発する」
「父上……本当にありがとうございます」
冷静な父上のおかげで少しだけ怒りがおさまった私は、すぐにリリアーヌの捜索を始めるために騎士団棟へと向かって足を進めた。
リリアーヌ、無事でいてくれ……!
♢
ラウフレイ様に乗せていただき深淵の森の中を進むこと約半日。日が昇って明るくなった森の中に、突然色とりどりの花が咲き乱れる開けた場所が現れた。
とても美しく幻想的な花畑の中心には、悠然と佇む大木がある。
「こちらが聖樹様ですか?」
ラウフレイ様の背中から降りて見上げると、どこまで続いているのか確認できないほどの大木だ。しかし怖いといった感情は全く湧き上がらず、それどころかとても優しい気持ちになれる。
なんだか、温かいものに包み込まれているように感じるわ。
『そうだ。聖樹様の幹に触れ、挨拶をすると良い』
「……かしこまりました」
ここで空間属性を賜ることができなければ、私はこの深淵の森から出られないかもしれない。そんなことを考えてしまい、緊張からごくりと喉を鳴らした。
一歩ずつ、確実に聖樹様に近づいていく。ラウフレイ様は少し離れたところで待機しているようだから、ここからは私が一人で頑張るしかない。
さーっと心地よい風が吹く中でできる限り花を踏まないように一歩ずつ足を踏み出し、手が届くところまで来たところで、一度深呼吸をした。
「よしっ」
そして気持ちが落ち着いたところで、そっと聖樹様の幹に触れる。
「聖樹様、お初にお目にかかります。リリアーヌと申します」
聖樹様に届くようにと願いを込めて声を発すると、私の挨拶が終わった直後にざーっと強めの風が吹き、枝葉がざわざわと音を立てた。
『よく来たな』
そして低く優しい声音が頭に響く。これは、ラウフレイ様とは違うお声だ。
――聖樹様が答えてくださったのね。
「ありがたいお言葉でございます」
『お主は何を望む? なぜここへ来た』
「私は自らの意思ではなく、こちらの森に飛ばされました。帰る方法が分からず途方に暮れております。しかし大切な人たちの下へ、どうしても帰りたいのです。そのため聖樹様にお助け願えないかと思い、ラウフレイ様にこちらまで案内していただきました」
聖樹様に下手な誤魔化しは不誠実だと思い素直な気持ちを吐露すると、ふわっと足元から上空に上がっていくような風が吹く。
『ふむ、お主の意思ではないのなら、何者かに悪意を持って飛ばされたのやもしれんな。その場合はどうするのだ? 復讐でもするのか?』
「いえ、そんなことは考えておりません。今はとにかく元の場所に帰りたいと、フェルナン様にお会いしたいとそればかりで……」
『――お主はとても清き心を持つ者のようだ。そんなお主の願い、我が聞き届けよう』
荘厳な聖樹様のお声が聞こえてきた瞬間、足元から吹いていた風が一層強さを増し、私の体は宙に浮いた。
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