第41話 侯爵とベルティーユ
父上と共に皇帝執務室に移動してから数十分後。慌てた様子でシャブラン侯爵が執務室にやってきた。その表情には困惑が滲んでいて、なぜ自分がこの場に呼ばれたのか分かっていないように見える。
ベルティーユ嬢とグルならば、もっと焦りが滲んでも良いはずだ。焦りが見えなくとも、それを隠そうとする兆候は完全には隠せないはず。
これは、やはりベルティーユ嬢の単独犯か。
「皇帝陛下、ユティスラート閣下、何か私めにご用でしょうか……」
「うむ、このような時間に呼び出してしまってすまないな。実は皇宮内で貴族が姿を消す事件が発生し、調査を進めているのだ。ここで貴殿にも話を聞きたい」
父上の言葉を聞いたシャブラン侯爵は、驚いたように瞳を見開いてから真剣な表情を見せた。
「それは、緊急事態でございますね。私がお役に立てることでしたらお力添えをさせていただきます。……しかし、私がお役に立てることはございますでしょうか。不甲斐ないことでございますが、人探し等に優れた人材が我が家にいなく……」
この反応は、ほぼ確実にシロだな。ベルティーユ嬢と共犯でないどころか、娘のしでかしたことを全く知らないように見える。
父上も私と同じ判断をしたのか、じっとシャブラン侯爵を見つめてから口を開いた。
「実は、この事件に貴殿の娘が関わっている可能性があるのだ」
「……な、ベ、ベルティーユが、でしょうか」
「そうだ」
それから父上から引き継ぎ、私が今までに得た情報を簡潔に伝えると、侯爵は話が進むにつれて顔色を悪くしていった。
ベルティーユが皇宮に来ていたが訪問の目的であった図書館に姿を現していないこと、人質からホワイトリウスの香りがしたとの証言を得ていること、さらにベルティーユがリリアーヌをよく思っていなかったこと。
「確実な証拠はないが、いくつもの証拠や証言からベルティーユ嬢の関与が疑われる状況だ」
そうして話をまとめると、侯爵は真っ青な顔で頭を下げた。
「た、大変申し訳ございません……! すぐベルティーユに確認をいたします!」
「ああ、頼んだぞ。――くれぐれも、娘を庇うようなことはしないように。この件には何人もの者たちが関わっているはずだ。到底隠し切れるものではない」
父上が強い口調で告げると、侯爵はごくりと生唾を飲み込みながら顔を強張らせた。
「も、もちろんで、ございます」
「事件解決に協力をしてくれれば、此度の事件はベルティーユ嬢の独断ということで、シャブラン侯爵家に大きな影響がないように取り計らおう」
「……ありがたき幸せにございます」
「では侯爵には数人騎士をつける。共に屋敷に戻り、何か分かり次第すぐに知らせるように」
そこで侯爵は深く頭を下げると、足をもつれさせながら慌てて執務室を出ていった。
執務室に沈黙が満ちたところで、私は父上に視線を向ける。
「これで、解決に向かうでしょうか……」
その声は自分でも驚くほどに震えてしまった。私の判断によってリリアーヌの命が左右されるというのは、こんなにも怖いものなのだな。
「分からないが、今できる最善を尽くしているはずだ」
父上の言葉には力強い響きがあり、私は自分や父上を信じて待つことにした。
♢
「今すぐベルティーユを談話室に呼ぶように!」
シャブラン侯爵は屋敷に帰った途端、エントランスにいた執事にそう叫ぶと、着替えることもせず談話室に向かった。
主人のただならぬ様子に屋敷には緊迫した空気が流れ、使用人たちは侯爵の指示にすぐ従う。そんな使用人たちの中には、侯爵を見て顔色を悪くしてる者が数人いるようだ。
「か、かしこまりましたっ」
それから面倒そうな様子で緩い部屋着姿のまま談話室に姿を現したベルティーユは、侯爵の厳しい表情と雰囲気に顔を強張らせた。
しかしすぐに笑顔を貼り付け、ソファーに腰掛ける。
「お父様、こんな時間に何の御用ですの?」
「ベルティーユ、正直に話せ。お前は今日、皇宮に行ったか?」
「……行きましたが、それが何か?」
「何をしに行ったんだ?」
明らかにベルティーユのことを疑っている侯爵の視線と口調に、ベルティーユは内心でかなり焦っていた。
――今日のことは誰にもバレてないはず。私へと繋がる証拠は残してないはずなのに……。
「と、図書館へ」
「そうか。しかし司書の話では、お前の姿は見ていないそうだぞ」
「……そ、それは。司書の方が見逃しただけでは?」
「お前の派手な見た目を見逃すことがあると思うか? それに記録では図書館に何時間も滞在していなければおかしい。数分ならともかく、何時間もいたベルティーユを司書が見ていないなどあり得ない」
記録まで確認されているという事実にベルティーユが顔色を悪くしていると、侯爵は怒りを滲ませた声音で低く告げた。
「リリアーヌ様の失踪に、関わっているのか?」
その問いかけにベルティーユが息を呑んだところで、侯爵は娘の犯行を確信したのか、怒りと悲しさが混ざったような複雑な表情を見せる。
「なぜそんなことをした。リリアーヌ様はどこにいる。今すぐに教えるんだ」
「わ、私はそんなこと……」
「まだ誤魔化すつもりか! 私はお前をそんな娘に育てた記憶はないぞ!」
突然怒鳴った侯爵にベルティーユは表情に恐怖を滲ませ、躊躇いながらも口を開いた。
「あ、あの女が、悪いのです。突然フェルナン様を、横から奪い取ったのです! 私はフェルナン様にまとわりつく害虫を駆除しただけで……!」
「黙れ! ユティスラート閣下はリリアーヌ様を心から愛しておられる。自らお選びになったのだ。そんなことも分からないのか!」
今まで見ないようにしていた現実を突きつけられ、ベルティーユはキッと侯爵を睨みつけた。しかし反論を持たないのか、睨むだけで言葉は発さない。
この期に及んでまだ反省の色もないベルティーユに侯爵は落胆したのか、怒りを収めて平坦な声音で問いかけた。
「それで、リリアーヌ様はどこにいらっしゃるんだ。この屋敷か?」
「……知りません。どこかに飛ばしました」
「飛ばした? それはどういう意味……」
「皇宮にある失敗作の転移魔法陣です」
もう隠す意味もないと思ったのか素直に告げたベルティーユの言葉を聞いて、侯爵は固まった。しばらくして無言でベルティーユの下に向かう。
「この……馬鹿者が!」
基本的には真面目で暴力とは無縁の侯爵がベルティーユの頬をビンタしたことに、ベルティーユも周りの使用人も動けなかった。
はぁ、はぁ、と荒い息を吐き出しながら肩を上下させた侯爵は、ビンタの勢いで床に倒れ込んでいるベルティーユを射殺さんばかりに睨みつける。
「お前がやったことは殺人未遂、リリアーヌ様が見つからなければ殺人罪だ。第二皇子殿下であり公爵様でもあるユティスラート閣下の婚約者様を、そのような目に遭わせたとなれば……極刑の可能性もある」
「なっ」
殺人、極刑という言葉に一気に顔色を悪くしたベルティーユは、慌てて立ち上がり口を開いた。
「私は侯爵家の長女です! 極刑などあり得ません!」
「お前は侯爵家の長女などではない。もうシャブランの家名を名乗ることは許さない。そして――私がお前を助けることはない」
はっきりとそう告げられたベルティーユは、やっと己が犯した罪の大きさを理解したのか、その場に力無くへたり込んだ。
そんなベルティーユを一瞥し、侯爵は談話室の出口に向かう。
「ベルティーユは私室に閉じ込めておけ。逃したら監視していた者にも重い罪が与えられることを肝に銘じるように。またベルティーユの犯罪に加担した者が、この屋敷の使用人にいるはずだ。見つけ出し捕らえておけ。逃げなければ今後に便宜を図ってやると伝えろ」
「かっ、かしこまりました!」
執事が頭を下げたのを横目で確認し、侯爵は談話室を後にした。
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