第40話 調査続行と皇族会議
皇宮の正門に戻ったところで、そこに常駐している門番に声を掛けた。本日の皇宮にシャブラン侯爵家の者が出入りしていないか、それを確認をするためだ。
もし出入りをしている者がいれば……その者がリリアーヌの失踪に関わっている可能性は高いだろう。
「本日の記録はこちらです。どうぞご覧になってください」
「ありがとう」
急いで上から目を通すと……見つけた、シャブラン侯爵家の名前だ。出入りしているのはベルティーユ・シャブラン。確かリリアーヌと同じ年頃の娘だったな。
――この前リリアーヌが参加した茶会のメンバーだったはずだ。
その事実に気づいた私は、茶会の主催者であった母上に話を聞こうとこの後の予定を決めた。しかしその前に、記録にある訪問の目的を確認する。
「皇宮図書館の利用か。実際に利用があったかどうかは確認しておくべきだな。まだこの時間なら、残っている司書もいるだろう」
まずは皇宮図書館に行き先を定め、足早に皇宮内に入った。
皇宮の奥にある図書館の扉はすでに鍵が閉まっていたが、ノックをして声を掛けてみる。
「すまない。フェルナン・ユティスラートだ。話を聞きたいのだが、誰かいるだろうか」
声を掛けてからすぐに中から足音が聞こえ、鍵が開く音と共に扉が開いた。顔を出したのは、若い男性司書だ。
「ユティスラート閣下、いかがいたしましたか?」
「こんな時間にすまないな。少し聞きたいことがあるのだが、本日こちらにベルティーユ・シャブラン侯爵令嬢は来ただろうか」
「シャブラン侯爵家のご令嬢ですね。私は朝からおりましたが、記憶の限り姿は見ていないと思います。ベルティーユ様は……その、豪華な見た目をしておりますので、図書館におられたら目立つのではないかと……」
そういえば、金髪を縦ロールにした派手な見た目だったか。今更だがよく私の周りに出没していたような……もしかして、私がリリアーヌを選んだことに嫉妬でもしたか?
憶測は良くないが、状況証拠と私に擦り寄ってきていた過去を考えると、ベルティーユが犯人である可能性が高いと思えてしまう。
明確な犯人像が分かってきたところで怒りが再燃し、それを表に出さないために拳をキツく握りしめた。
「ちなみにベルティーユ嬢はよく図書館を訪れるのか?」
「……いえ、ほとんど来られることはないかと」
「分かった。情報提供感謝する」
必要な情報が得られたところで、今度は母上のところに向かうため皇宮図書館を後にした。
リリアーヌが姿を消した日に、今まで訪問したこともない皇宮図書館に行くということで皇宮に入っている。しかし実際には図書館に姿を現していない。そして人質として連れ去られていた少女が、シャブラン侯爵家の特産品であるホワイトリウスの花の香りを嗅いでいる。
これは、ベルティーユが限りなくクロに近いな。
そんなことを考えながら皇族の居住区である後宮に向かい、顔パスで中に入った。よく家族で集まっているリビングに向かうと、案の定そこには父上と母上、それから妹のマリエットもいる。
「お兄様、どうされたのですか?」
「随分と慌てているじゃない」
「リリアーヌが姿を消しました。何者かに誘拐された可能性があります」
「お義姉様が……!?」
それから今まで得た情報を全て説明し、母上に問いかけた。
「母上、ベルティーユ・シャブランが一番の容疑者です。リリアーヌとの関わりは母上が主催の茶会だと思いますが、その時に変わった様子はありませんでしたか?」
母上は私の問いかけに、眉間に皺を寄せた。この反応は心当たりがあるのだな。
「あの茶会でベルティーユ様は、リリアーヌに対して怒りを湛えていたわ。あの方はフェルナンの妻の地位を狙っていたでしょう? だから気に食わなかったのね」
「それならなぜ、茶会に招待を……!」
「あなたも分かっているでしょう? 貴族社会で生きていくには、反りが合わない相手とも表面上は上手く付き合わなければならないのよ。ただ、物理的に害するのはさすがに予想外だわ……私の読みが甘かったわね。ごめんなさい」
母上は心から後悔している様子で、頭を下げた。その姿を見て母上に対して感じていた怒りは一瞬にして収まる。
「……いえ、私も申し訳ございません。母上は当然のことをしたまでです」
「フェルナン、これからどうするのだ?」
母上との話が終わったところで、これまで静かに話を聞いていた父上が口を開いた。
「母上の話も聞いた上で、ベルティーユ嬢が関与している可能性が限りなく高いと思っております。そこで……シャブラン侯爵に揺さぶりを掛けたいです」
「侯爵本人か?」
「はい。シャブラン侯爵は仕事に対して真面目な者だという印象です。ベルティーユ嬢の予想される動機からしても、此度の事件は侯爵家というよりもベルティーユ嬢単独の可能性が高いと思われます。そこで侯爵にだけ揺さぶりをかければ、何かしらが分かるかと」
父上は私の言葉を聞くと、顎に手を添えて真剣な表情で考え込んだ。本格的に悩んでいる時の、父上の癖だ。
「……そうだな。まずは皇宮内で貴族が姿を消す事件が発生したと、詳細は明かさない方が良いだろう。その反応を見てから次の手を決めると良い」
父上はそう言うと、近くにいた従者に紙とペンを準備させ、何かの手紙を書き始めた。
「何も知らなそうなら詳細を明かして、できれば侯爵を仲間に取り込みたいな。もし最初の段階で動揺を露わにすれば、侯爵もグルだ」
そこでペンを止めた父上は、手紙を従者に戻した。そして一言。
「その手紙を今すぐ、シャブラン侯爵家に届けてくれ」
「かしこまりました」
「フェルナン、これで侯爵はすぐに皇宮へ来るはずだ。私の執務室で迎えるので、お前も同席しろ。ヴィクトワールとマリエットはここで待っているように」
母上とマリエットがその言葉に頷いたのを確認したところで、父上は席を立った。
「父上、ありがとうございます」
リリアーヌの危機にここまで真剣に考え、すぐに動いてもらえることがありがたく、私は頭を下げた。
「家族の危機なのだから当然だ」
父上がこの言葉を発していたと、リリアーヌに伝えたいな。そう思ってなんだか泣きそうになりながら、父上の後を追った。
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