第39話 確かな手掛かり

 深呼吸をして怒りを抑え込んでから、厳しい表情を浮かべたノエルに声を掛けた。


「誰からの指示だったのか、その皇宮魔術師は知っているのか? それからリリアーヌを皇宮に呼び寄せる目的も」

「それが、何も知らないらしいんです。基本的には手紙のような形で指示があったと」

「……そうか、分かった。ノエルにはリリアーヌの捜索を頼みたい。もしいるならリュシーにも」

「もちろんです。リリアーヌ様を、絶対に助けましょう」

「ああ、当たり前だ」


 ノエルと別れた私は、踵を返して騎士団棟に向かっていた。なぜなら本日不祥事を起こした騎士が、先ほどの皇宮魔術師と同じように故意で魔法を暴発させた可能性があるからだ。


 もしこの予想が当たっていたら、私は騎士を殴り飛ばしてしまうかもしれない……いや、ダメだ。そんなことをしては、リリアーヌに叱られてしまう。


 脳裏にリリアーヌの柔らかな微笑みが浮かび、涙が浮かんできそうになるのを唇を噛み締めて止めた。泣いている暇なんてない。リリアーヌは絶対に無事だ、大丈夫だ。


 騎士団棟に戻って別室で反省文を書いていた騎士の下に向かうと、騎士は顔色が悪くかなり焦っている様子だった。反省文は、全く進んでいないようだ。

 これは……黒かもしれないな。


「だ、団長、どうされたのですか……?」

「単刀直入に聞く。正直に答えれば罪には問わない。お前が本日起こした不祥事は、誰かに指示されてのものか?」


 私のその質問を聞き、騎士は大きく瞳を見開いた。


「指示を受けたんだな。誰からだ? すぐに話せ」

「あ、あの、も、申し訳ございませんでした……!」


 騎士は不祥事が故意によるものだと私にバレたと分かると、震えながら頭を下げた。


「謝罪はいらない。誰の指示だ? 目的はなんだ?」

「そ、それが、私は何も知らなくて……妹が、妹が突然行方不明になって、指示に従わなければ妹を殺すと……!」

「その指示が、今日の魔法の暴発だったんだな」

「は、はい。なんでも良いから団長を騎士団棟に足止めしろと。私にはこの方法しか思いつかず……っ、申し訳、ございません!」


 涙を流しながら床に頭をつけるようにして何度も謝罪を繰り返す騎士に、私は怒りが湧き上がってくるのを感じながらも、それをぶつけることはできなかった。


 この騎士も被害者という側面が大きい上に、ここまでされては怒るに怒れないではないか……。


「もう謝罪は良い。それよりも少しでも黒幕の情報が知りたい」

「……何か、あったのでしょうか」

「リリアーヌが行方不明だ。ほぼ確実に、お前の妹を攫った人間と同じ者が犯人だろう。だから情報が欲しいんだ」


 私の言葉にしばらく呆然としていた騎士は、ハッと我に返ると厳しい表情でしばらく考え込んだが、何も思い出せないのか肩を落とした。


「申し訳ございません。何も情報がなく……」

「……そうか、分かった」

「あっ、ただ妹なら! まだ家に帰れていないので妹が解放されているのかも分かりませんが、もし妹が帰ってきているなら、何か情報を持っている可能性も」


 確かに……人質に情報を渡している可能性は低いが、小さな手掛かり程度なら得られるかもしれない。何も手掛かりがない現状では、話を聞きに行くべきだろう。

 先ほどノエルが話してくれた、皇宮魔術師の解放されたという人質にも話を聞けると良いな。


「今すぐ家まで案内してくれるか?」

「も、もちろんです!」



 皇宮を出てから日が落ちた薄暗い街中を騎士の案内で走ること十分ほど、小さいながらも小綺麗な商会に到着した。

 この騎士は小さい店舗ながらも皇宮の近くに店を構える商会の生まれで、平民から実力で騎士になったようだ。


「帰ったぞ……!」


 バタンっと思いっきり扉を開けて騎士が中に入ると、商会の奥から一人の少女が駆け出てきた。


「お兄ちゃん……!」

「お前、無事で……良かったっ、本当に、良かった」


 お兄ちゃんという言葉と騎士の態度から、この少女が人質として行方不明になっていた者なのだろうとすぐに分かった。見た感じ怪我はなさそうだし、そこまで酷いことはされていないようだ。


「怖い思いをしたお前にこんなことを聞くのは申し訳ないんだが、思い出して答えてくれるか? 連れ去られたところで、何か見たり聞いたりしたことがあれば、兄ちゃんに教えて欲しい」


 騎士が少女に問いかけると、少女はすぐ首を横に振った。


「目には布を巻かれてたし、耳にも布を巻かれて、ほとんど物音もしなかったよ……?」

「そうか……」


 手掛かりなしか。そのことに落胆しながら騎士に声を掛けようとしたところで、少女が何かを思い出したように声を発した。


「あっ、でもそういえば、いい香りがしたの! 前にお兄ちゃんが買ってきてくれた、枕元に置くやつあったでしょう? あれと同じ香りだよ!」

「それって……ホワイトリウスか?」


 騎士が慌てた様子で商会の中を探り、一つの香り袋を手にして戻ってきた。


「これか? この匂いか?」

「そう! これと同じ匂いがしたよ。風が吹いてたからお外で匂いがしたと思うんだけど、結構強い匂いだったかなぁ」


 私は少女のその言葉を聞いて確かな手掛かりを手にしたことを確信し、早くこの情報を持ち帰るため騎士に声を掛ける。


「重大な情報を手に入れることができた。感謝する。お前への沙汰は後で伝えるので、それまではここにいて家族を守っていろ。また人質に取られたら大変だからな」

「……か、かしこまりました。ありがとうございます!」


 騎士にそれだけを伝えると踵を返し、私は急足で皇宮に戻った。


 ホワイトリウスは珍しい花で、ある領地の特産品なのだ。その領地とは……シャブラン侯爵領。

 確かシャブラン侯爵家の帝都にある屋敷の庭園にも、たくさんのホワイトリウスがあったはずだ。

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