第38話 フェルナンの怒り

 リリアーヌと別れてから騎士団の訓練場に向かい、しばらく部下が起こした不祥事の対応に追われていた。まさか暴発させた魔法を皇宮に当てるなど……もし魔法が向かった先に人がいたらどうなっていたのか、考えるだけで恐ろしい。


 そもそも騎士は魔法を使う場合でも補助的な使用のみで、頼りすぎるなといつも言っているというのに。魔法に関してはやはり魔術師の方が実力が上であることがほとんどのため、役割分担をした方が効率的なのだ。


 早く帰ってリリアーヌとの時間を過ごしたいが、今日は夕食にも帰れないかもしれないな……


 コンコンッ。


「ユティスラート騎士団長、少しお時間よろしいでしょうか?」


 騎士団棟にある私の執務室で、数人の部下と共に今回の事態への対処に奔走していたら突然扉がノックされた。呼び掛けられた声にはあまり聞き覚えがない。


「扉を開けてくれ」


 不審に思いながら部下に伝えて扉を開けると、執務室に入ってきたのは門番の服装をした男だった。男は緊張の面持ちを浮かべている。


「私に何の用だ? 簡潔に述べよ」

「はっ、申し上げます! 先ほどユティスラート公爵家に雇われているアガットという者が、ユティスラート騎士団長とその婚約者であるリリアーヌ様が戻ってこられないと城門にやって来ました。お二人が帰宅される予定時間をかなり過ぎておりましたので、自分がお二人の行方を探し、騎士団長がこちらにおられるという話を聞き参った次第です」


 ――リリアーヌが、まだ戻って来てない?


 その言葉を聞いた瞬間に頭の中が真っ白になり、上手く考えがまとまらなくなる。ダメだ、落ち着け。焦るのが一番良くないと、私がいつも部下に言っている言葉だ。


 私がリリアーヌと別れたのはいつだ? もう何時間も経っているはずだ。それなのにまだ馬車に帰っていないということは、別れたあの場所から馬車までの間に何かがあったということ。

 体調不良で倒れた……のならば、誰かに発見されているはずだ。そこまで極端に人通りが少ない場所ではない。


 となると、父上や母上の下に向かった? いや、もしそうならば確実に私へと連絡をするはずだ。


 では考えられる残りの選択肢は――誰かに連れ去られた?


 その考えが頭をよぎった瞬間、私の体を強い怒りが駆け巡った。唇を噛み締めて拳をキツく握りしめ、何とか表に出さずに耐える。


「……リリアーヌのことは、探したのか?」


 なんとか平静を装い問いかけたが、自分でも驚くほどに声が低く冷たくなってしまった。しかしそんなことはどうでも良い、今はリリアーヌだ。


「もっ、もちろんです! しかしリリアーヌ様の足取りはユティスラート騎士団長と別れたその時から、途絶えてしまっていて……」


 ドンッッ!


 私は無意識のうちに机を叩いていた。リリアーヌを攫ったやつがいるのならその愚か者にも怒りが湧くが、それよりも自分自身が許せない。

 なぜあの時、一人で行かせてしまったのか……馬車まで送り届ければ良かったのだ。


「き、騎士団長、残りの対処は我々が済ませておきますので、リリアーヌ様の捜索に向かわれてください」


 一人の部下がそう声を掛けてくれたことで、少しだけ冷静になりその場に立ち上がる。


「すまない。では後は任せた。私のサインが必要なものは全て終わっているはずだ」

「かしこまりました」

「それから捜索にも騎士を動員したい。そっちの手配も頼んで良いか?」

「もちろんです!」


 部下が頷いてくれたことを確認してから、私は足早に執務室を後にした。


 まず向かっているのは、魔術師棟だ。ノエルとリュシーがいたら良いんだが……そんなことを考えながら魔術師棟に足を踏み入れたところで、目の前にふわふわと宙を飛んでいる人間がいるのが視界に映った。


「あっ、騎士団長! 探してたんです……!」


 ノエルだ。


「どうしたんだ? 私もお前に頼みたいことがあるんだが」

「そんなことよりも大変です! リリアーヌ様は無事ですか!?」


 その言葉に一瞬固まってしまい、それからすぐに意味を問い詰めようとノエルの肩を掴んだ。


「どういうことだ? 詳しく話せ」

「ちょっ、騎士団長怖いですって。話すから離して!」


 手の力を緩めるとノエルは俺の前にふわっと着地し、僅かに顔を強張らせて口を開いた。


「もしかして、リリアーヌ様が行方不明だったりしますか……?」

「ああ、先ほど不在が判明したところだ」

「やっぱり……さっき一人の皇宮魔術師が僕の部屋に来たんです。そして突然泣き出して語ったのが、家族を人質に取られリリアーヌ様を皇宮に呼び出したと。先ほど人質の解放を確認したらしく、僕のところに報告に来てくれたようです。誰かに話したら家族全員の命はないと言われたらしいのですが、リリアーヌ様を危険に晒したかもしれないことを深く悔いており、僕のことを信じて明かしてくれたと……」


 ということは、今日の講義をした皇宮魔術師の中にリリアーヌを危険に晒した者がいるのか……!


 いや、その者に怒りの矛先を向けるのは違う。その者は加害者だが被害者でもある。一番の悪は、その魔術師にリリアーヌを呼び出させた者だ。

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