第37話 移動と空間属性
ラウフレイ様が駆け出してからは、ひたすら背中に掴まり、振り落とされないよう全身に力を入れていた。ラウフレイ様は最大限に配慮して走ってくださっているのが伝わってきたけれど、それでもふわふわで滑らかな毛並みは滑りが良く、頻繁に体勢を崩してしまう。
『そろそろ休憩しよう』
腕に力が入らなくなってきたところで、ラウフレイ様は足を止めてくださった。
『大丈夫か?』
「……はい、何とか」
それしか返せずに息を整えていると、ラウフレイ様は近くの森に入っていく。私はそれを追うことはできず、大きな木の幹に寄りかかって体力を回復させていると……ラウフレイ様が戻ってきてくださった。
大きな口にはとても色鮮やかな果物が咥えられていて、それを私に手渡してくださる。
『これを食べると良い』
「ありがとうございます……」
手渡してくださったのは真っ赤に熟れた果物で、いくつもの大きな粒が一房として密集して生る、貴族社会でも高級品として流通しているものだ。
一目で食べられるものだと分かったことに安心し、大きな一粒を口に運んだ。
薄皮がプチッと剥け、中の果肉と果汁が溢れ出てくる。
「美味しいです……」
深淵の森は果物がとても美味しいのね。ユティスラート公爵家の屋敷で出てくる同じ果物よりも、何倍も美味しいわ。
とても甘くて瑞々しくて、しかし僅かな酸味があってそれが味の濃さにつながっている。皮も柔らかく剥かなくても食べられるみたいだ。
『それならば良かった。もう一房持ってこよう』
「ありがとうございます。ラウフレイ様も召し上がりますか?」
『いや、我は特に食事を必要としないので構わない。食事を楽しむこともできるが、食べなくても問題はないのだ』
「そうなのですね。ではありがたく私がいただきます」
それから一房全てを食べ終えたところで、お腹は満たされた。もう一つ採ってきてくださったものは、近くにあった背が高い草の葉でラウフレイ様の体に巻き付け、果物がない場所での食事として確保する。
「痛かったりしないでしょうか」
『ああ、問題ない。やはり人間は器用だな』
ラウフレイ様は感心したようにそう告げると、私の周りを少しだけ走ってくださった。それによって果物が落ちないことを確認し、また背中を向けてくださる。
『では先に進もう』
「はい。よろしくお願いいたします」
またラウフレイ様の背中に乗って聖樹様の下に向かいながら、私は気を紛らわせるためにもラウフレイ様に話しかけてみた。
「先ほどから気になっていたのですが、ラウフレイ様は空間属性を使いこなせるという認識で合っているでしょうか?」
『ああ、その通りだ』
「ではラウフレイ様が転移を用いて、私を帝都に送り届けてくださることはできないのでしょうか……?」
失礼な質問になっていないかと緊張しつつ問いかけると、ラウフレイ様は気にすることなく質問に答えてくださった。
『転移は自分にしか適用できないのだ。したがって我が一人で帝都に向かうことは可能だが、リリアーヌを連れてはいけない。そうなると我だけが帝都に現れても皆が混乱するだろうし、何よりもリリアーヌを一人にするのは心配だ。今は我がいるから他の魔物は寄ってこないが、我がいなくなればすぐにリリアーヌを襲うだろう』
ラウフレイ様がいらっしゃらなければ、私は魔物にすぐ襲われてしまう……その言葉に寒気を感じ、思わずラウフレイ様を掴んでいる手に力を込めた。
『驚かせてすまないな。我が離れることはないので安心すると良い』
「……ありがとうございます。本当に、助かります」
『ではお礼にと言っては何だが、またあの美しい魔法を見せてはくれないか?』
「もちろんです。私の魔力がある限りはいくらでも」
ラウフレイ様からの要望に、いつもより張り切って光り輝く蝶を出現させた。ラウフレイ様と並走するように飛ばしたり、暗い森を明るく照らし出す。
『ほう、やはり綺麗だ』
「ありがとうございます」
『リリアーヌは魔法の扱いが本当に上手いな。これならば空間属性も問題なく使いこなせるだろう』
「……そういえば、空間属性には転移以外の魔法もあるのですか?」
もしあるならば、そちらの魔法も使えるようになるのかと少しの期待を込めて問いかけると、ラウフレイ様はすぐに頷いてくださった。
『うむ、もちろん他の使い方をすることもできるぞ。そもそも空間属性とは、遠く離れた場所にある空間を繋ぎ合わせるというものなのだ。したがってこれを応用すると、遠くにいる者同士で声を届けることが可能になる。両者が空間属性を持っていれば会話になり、片方だけだと伝言ができるという形だな』
遠く離れた人と会話が……ということは。
「私が帝都に戻ってからも、ラウフレイ様と会話ができるということでしょうか」
空間属性を使うことができる相手がラウフレイ様しか思い浮かばず、思わずそんな問いかけをしてしまった。するとラウフレイ様は少しだけ走る速度を緩め、私のことを振り返ってくださる。
『我と会話をしてくれるのか?』
「もちろんです。ラウフレイ様がお嫌でなければですが」
『嫌などということはない。リリアーヌからの呼びかけを楽しみにしていよう』
「はい。ラウフレイ様もぜひ、時間など気にせず私に声をかけてください」
『分かった。ありがとう』
感謝の言葉を口にしたラウフレイ様はとても優しげな表情で、なんだか私も嬉しくなった。
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