第30話 治癒の続きと不穏な気配
「お前たち、命が掛かっていることだから慌てるのは分かるが、リリアーヌが困っている。少し落ち着け。また皇宮魔術師は、治癒不可能だと判断した患者を教えてほしい。その患者をリリアーヌが見ることにしよう。しかしリリアーヌにも限界はあるのだから、それは理解するように」
団長という立場のフェルナン様が言葉を発したことで、救護室内は一致団結し、怪我人の選別が始まった。
それによって治癒不可能と判断されたのは、全部で三人の騎士だ。
「リリアーヌ、三人も治すことができるだろうか。難しかったり辛ければ、結果はどうなるか分からないが他の魔術師に託すこともできるので、無理はしないでくれ」
「はい。フェルナン様、ありがとうございます。しかし三人ならばなんとか……治癒可能な範囲だと思います。しかし全員の怪我を完治させることは難しいので、命の危機を脱するところまでで良いでしょうか」
途中で治癒を止めると、傷跡が残ってしまうこともあるけれど、今回は命と引き換えなのだから仕方がない。
「もちろん構わない。部下の命を救ってもらえるなら、それだけでとてもありがたい」
「分かりました。全力を尽くします」
三人を順番に治癒していくと、最後の人に命を救えるほどの魔力が残らない可能性がある。となると、同時に治癒を施すべきだろう。
それならばやはり魔力で蝶を作って、その蝶で傷口を覆いながら三人を均等に治癒するのが一番だ。
魔力を練っていつものように蝶を飛ばすと、殺伐とした救護室内に美しい蝶が舞った。その蝶は私が治癒をするべき三人の騎士の下へ飛んでいき、酷い怪我を覆い隠していく。
やはり魔力がかなり必要だわ……先ほどの治癒で減ってしまったから、明らかに足りない。
せめて出血が止まって命は繋がりますように――
そう願いながらひたすら魔力を注いでいくと、治癒の途中でふっと全ての蝶が消え、体から力が抜けた。
「リリアーヌッ!」
「あっ……フェルナン、様、申し訳、ありません。魔力切れで、力が抜けてしまい……」
「謝る必要などない。騎士たち助けてくれて、本当にありがとう」
フェルナン様の優しい笑みを見て安心した私は、そのまま瞼が重くなり……眠気に抗えず意識を手放した。
♢ ♢ ♢
「騎士団長! リリアーヌ様は……!」
「大丈夫、寝ているだけだ。魔力切れだろう」
リリアーヌがフェルナンの腕の中で意識を手放したところで、慌てて二人の下に駆け寄ったのはリュシーだ。他の騎士や魔術師も、全員が心配そうにリリアーヌを見つめている。
「そうでしたか……それならば良かったです。それにしても、リリアーヌ様の治癒魔法には本当に驚きました。事前に聞いてはいましたが、実際に目にすると……」
「そうだろう? リリアーヌは天才なんだ。未だに自分ではその事実をあまり理解していないようなのだが」
そう言ってリリアーヌの顔を見つめたフェルナンの表情はとても優しく慈愛に満ちたもので、周囲でその様子を見ていた者たちの中には少し赤面している者もいたほどだ。
「……此度のご活躍に対して騎士団と魔術師の合同で感謝を伝え、少しでも理解してもらいましょう」
「それは良い提案だ。――ここ最近は明らかに強い魔物の出現数が増えていて、リリアーヌの力が必要になる機会もあるだろうからな」
「そうですね……我が国で何が起きているのか。何か大きなことが起こる前触れでなければ良いのですが」
フェルナンとリュシーはとても真剣な表情でその会話をし、それを周囲で聞いていた者たちも表情を暗くした。
リリアーヌとフェルナンが出会うきっかけとなったあの遠征の時にも、予想外の強大な魔物が出現して、フェルナンは危うく死にかけたのだ。
あれからそのような事態が、大小あれど何度も起きている。
「私は平穏に、リリアーヌと楽しい日々を過ごしたいのだが」
小さな声でそう呟いたフェルナンは、切り替えるようにリリアーヌを抱き抱えると、リリアーヌが治癒をした怪我人の容態を近くにいる騎士に聞いた。
「命の危機は脱しているか?」
「はい! 明らかに顔色が良くなり呼吸も安定しているようですので、もう峠は越えたかと……!」
「こちらも同じです」
「こちらもです!」
「そうか。ではリリアーヌが目覚めたらその旨を伝えておく」
それからフェルナンはリリアーヌを近くの休憩室のベッドに寝かせ、リリアーヌが目覚めるまでずっと傍に控えて手を握っていた。
目が覚めたリリアーヌがしっかりと繋がれた手に気づき、慌てて赤面したのは言うまでもない。
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