第31話 お披露目パーティー
騎士たちの治癒をした日から数週間後の今日。私はフェルナン様と共に、また皇宮に来ていた。
本日の予定は皇帝陛下と皇妃殿下である、レオポルド様とヴィクトワール様が主催されるパーティーだ。貴族たちとの交流目的で定期的に開催されるものらしいけれど、今回の一番の目的は私のお披露目。
帝国での暮らしにも少し慣れてきたということで、ついにお披露目の日がやってきた。今日は壇上から皆さんに挨拶をするだけで個別に会話をする機会はないのだけれど、それでもとても緊張している。
「リリアーヌ、緊張しているか?」
「……はい、少し」
貴族は第一印象がとても大切だ。もし今日のお披露目で失態を犯してしまったら、私が馬鹿にされるのは良い。でもフェルナン様が同じように馬鹿にされてしまうのは……どうしても耐えられない。
絶対に完璧な淑女として出席しなくては。
さらに私が失態を犯さなかったとしても、帝国の貴族社会に受け入れてもらえるのかどうか。そこも気になってしまう。
ペルティエ王国でのパーティーのように、大勢の人から侮蔑の眼差しを向けられるのかしら……私にとってのパーティーの記憶とは侮蔑の眼差し、嘲笑、嘲りの声、そんな嫌なものばかりだ。
またあの空間に行かなければならないと思うと、足が竦んでしまう。
「リリア……、リリ……ヌ、リリアーヌ!」
フェルナン様から至近距離で名前を呼ばれ、ハッと暗い底に沈みかけた意識が浮上した。
「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「……大丈夫、では、ないかもしれません」
ここで表情を取り繕って笑みを浮かべるのは簡単だけれど、私はフェルナン様ならば受け止めてくれるという安心感から、思わず本音を口にした。
するとフェルナン様は私の手を握り、私が座る椅子の前に跪いてくださる。フェルナン様に見上げられているという珍しい状況に、少しだけ沈んだ気持ちが浮かび上がった気がした。
「やはり怖いか?」
「……はい。昔の記憶がどうしても蘇ってしまい、失態を犯したらと悪い方向へ考えが……」
「そうか、それは仕方がないことだと思う。しかし今回は私が隣にいるのだ。何があっても私が助ける。だから大丈夫だ」
……そうだったわ。私はなぜ一人でパーティーに挑む想像をしていたのかしら。今回はフェルナン様が隣にいてくださる。
それならば、怖くないわ。
私はフェルナン様の手を握り返すと、自然と浮かんだ笑みをそのままに口を開いた。
「ありがとうございます。とても、とても心強いです」
「やはりリリアーヌは笑顔が似合うな。ではそろそろ時間だ。行けるか?」
「はい」
立ち上がったフェルナン様のエスコートで控え室から出て、パーティー会場となっている大ホールの壇上に続く扉に二人で向かった。
現在はすでにパーティーが始まっていて、レオポルド様の合図で私たちが紹介され壇上に出る予定だ。
「そろそろだな」
扉越しに聞こえてくるレオポルド様の声に緊張しつつ、しかしさっきまでのような体が落ちていくような感覚はもうない。心地良い緊張感だ。
使用人によって扉が開かれ――目の前に、豪華絢爛なパーティー会場が広がった。
「では行こう」
「はい、フェルナン様」
壇上に足を踏み入れると大きな拍手が響き渡り、たくさんの視線が主に私に集まった。
しかしそれらの視線は好奇心からのものや好意的なものがほとんどで、悪感情はあまりないようだ。パーティー会場で嫌な視線を向けられないということが新鮮で、なんだか少し楽しくなってしまう。
「改めて紹介しよう。我が息子でありユティススラート公爵でもあるフェルナンの婚約者、リリアーヌ・フェーヴルだ」
レオポルド様が紹介してくださったお声に合わせて会場に集まる皆さんを見回し、一度だけ小さく深呼吸をしてから口を開いた。
「皆様、お初にお目にかかります。ご紹介を賜りましたリリアーヌ・フェーヴルと申します。この度は素敵なご縁をいただき、フェルナン様の下へ嫁ぐ運びとなりました。出身はペルティエ王国ですが、これからはユルティス帝国の貴族の一員として、微力ながらこの国のために務められればと思っております。またご多忙なフェルナン様を支えてゆきます。どうか皆様、これからよろしくお願いいたします」
挨拶の後に丁寧に礼をすると、会場中に拍手の音が響き渡った。そのことがとても嬉しく、思わず素の笑顔が出てしまう。
「皆の者、リリアーヌはまだ帝国に来たばかりで分からぬことも多々あるだろう。快く迎え入れてほしい」
「皆、我が妻となるリリアーヌをよろしく頼む」
レオポルド様とフェルナン様が私の後に続けて口を開き、また拍手が大きくなったところで、恙無く私のお披露目は終わりとなった。
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