第29話 緊急事態とリリアーヌの活躍

 開かれた扉から入って来たのは、身体中に怪我をしている魔術師さんだった。かなり焦っている様子で、自分の怪我を顧みずにホールの中まで駆け込んでくる。


「魔術師長! 遠征中に突然強大な魔物が姿を現し、怪我人が多数発生しております! 光属性の魔術師を大至急、救護室に集めてください……!」


 その言葉でノエルさんの顔色が変わり、すぐに真剣な表情で宙に飛び魔術師さんたちの視線を集めた。


「皆、今聞いた通りだよ。光属性の魔術師はほとんどがこの場に集まっているよね? 今すぐ救護室に向かって欲しい。それから水属性も怪我の洗浄に役立つだろうから、今から僕が名前を呼んだ人は救護室へ。あとは氷属性も数人いたほうが良いかな」


 ノエルさんの言葉を聞いた魔術師さんたちは、すぐにホールを駆け出ていく。私はその様子を呆然と見つめていることしかできなかったけれど……私も光属性なのだから、役に立てるはずだわ。


「フェルナン様」


 近くにいたフェルナン様を見上げて名前を呼ぶと、フェルナン様は意図を理解してくださったのか頷いてくれた。


「ああ、私たちも救護室へ向かおう。リリアーヌの力は必ず役に立つはずだ。ノエルかリュシー! 救護室に案内してくれないか?」

「では私がご案内いたします。リリアーヌ様にもご助力を賜って良いのでしょうか」

「もちろんです。この場に居合わせたのも何かの縁ですから」

「ありがとうございます」


 それからリュシーさんの案内で救護室に向かうと、そこには予想以上にたくさんの怪我人がいた。さらには数人の怪我は、今すぐに治癒をしないと命が危ないだろうほどに酷いものだ。


「早くこっちの治癒をしてくれ! もう意識が朦朧としてるんだ!」

「この怪我は……光魔法でも治せない」

「治せないって、そんなこと言わないでくれ! なんとか治してくれよ!」

「俺だって治したいんだ! でもさすがにここまで酷い怪我は……」


 酷い怪我をした騎士のそばでは、軽傷の騎士と光属性の魔術師が声を荒げながら会話をしていた。

 床に敷いたマットに寝かせられている騎士は、肩から腹部にかけて深い切り傷があるようで、巻かれた包帯が真っ赤に染まっている。


 確かにこれはかなり酷い怪我ね……光属性だからと言って、全員が治癒可能なものではないだろう。


「リュシーさん、あの方は私が治します」

「……あの怪我を、治せるのですか?」

「もちろんです。任せてください」


 リュシーさんの瞳を見つめて頷くと、リュシーさんはすぐに私が治癒できるよう場を整えてくれた。


「騎士団長……!」

「リリアーヌが治癒をすれば治るはずだ。そこで静かに見ていろ。リリアーヌ、無理せずにな」

「ありがとうございます。頑張ります」


 フェルナン様の一声で酷い怪我の騎士に付き添っていた騎士も後ろに下がり、私は横たわる騎士の側に膝を付いた。そしてさっそく光魔法を発動させる。


 騎士の体が優しい光に包まれると、苦しそうな息遣いがだんだんと落ち着いていくのが分かった。すぐに顔色も良くなり、変に強張っていた体からは力が抜けていく。


「――治りました」


 一気に魔力を使ったことで少しの疲労感を感じながら立ち上がると、私にはたくさんの視線が集まっていた。


「ほ、本当に、治ったのだろうか……」

「はい。包帯を取ってみてください」


 付き添いの騎士が血で真っ赤に染まった包帯を解いていくと……現れた皮膚には、傷ひとつ付いていなかった。


「な、な、治ってる……」

「もう傷口は塞がっているので大丈夫だと思いますが、一応すぐに血などを拭き取ってあげてください」

「……っ、わ、分かりました! 本当にありがとうございます!」


 助けられて良かったと体の力を抜くと、思わずビクッと体を揺らしてしまうほどの勢いで、救護室内がわっと沸いた。


「凄い魔法だ……」

「こんなに凄い治癒魔法は初めて見た!」

「あの方はどなたなんだ?」

「騎士団長と一緒にいるんだから、噂の婚約者様だろ」

「こんなに凄い人だったのか!」


 私はそれらの言葉を聞いて、思わず呆気に取られてしまった。こちらに来てから私の光魔法は褒められるものだと理解はしていたけれど、こうして実際に賞賛の声を聞くと、なんだか不思議な気分になる。


 王国では意味がないとまで言われた力なのに……本当に能力とは、発揮する場所が大切なのね。


「婚約者様! こっちの怪我人もお願いします! 治せないって言われて……っ」

「名前はリリアーヌ様だ」


 先ほど講義を聞いていた皇宮魔術師の方が私の名前を伝えると、たくさんの場所から名前を呼ばれた。


「リリアーヌ様、こいつも凄く苦しそうで、どうか治癒を……!」

「お願いします! 助けてください……!」


 その余りの数にどこから対処すれば良いのか分からず慌てていると、フェルナン様が私の隣に来てくださって、口を開いた。

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