第28話 魔術師たちへ講義

 フェルナン様と街へのお出かけをした数日後。私はまた皇宮にやって来ていた。今日の目的は、皇宮魔術師さんたちへの授業だ。


「リリアーヌ、そんなに緊張しなくても大丈夫だ」

「ありがとうございます。……しかし、本当に私が講義をするので良いのだろうかと、不安になってしまって」


 一緒に魔術師棟に向かってくださっているフェルナン様に不安を吐露すると、フェルナン様が私の手を少し強めに握ってくださった。


「そんな心配はいらない。誰もがリリアーヌの話を聞きたいと思っているはずだ。とても画期的な理論と、美しい魔法だからな」


 フェルナン様がそう励ましてくださった直後、廊下の奥から宙を飛んでくる男性が現れた。


 ノエルさんだ。


「リリアーヌ様、待っていました! 今日はありがとうございます!」


 私にぐいっと顔を近づけ輝く瞳を向けてきたノエルさんに、フェルナン様は素早くノエルさんの頭を掴み、私から離れるように腕を伸ばした。


「ノエル、近い。それに私に挨拶はないのか?」

「ちょっと騎士団長、痛いです……!」

「お前が悪い」

「うぅ……すみません。でもリリアーヌ様にお会いできるのが久しぶりだったので、つい嬉しくて」


 ノエルさんがその言葉を口にした瞬間、フェルナン様の指に力が入ったのが私から見ても分かった。


「ちょっ、ち、違います! 変な意味じゃないです!」


 それからフェルナン様が手を離してノエルさんが地面に降り立ったところで、ノエルさんは少し涙目で頭を摩りながら口を開いた。


「騎士団長は、何でここにいるんですか? 今日はリリアーヌ様だけのはずじゃ……」

「ちょうど休みだったので、私も共に来たのだ。まだリリアーヌは皇宮に慣れていないからな」

「……そうだったんですね。ではお二人とも僕が案内します。本日リリアーヌ様に講義をしていただくのは、受講する魔術師が増えた関係で大会議室となりました」


 大会議室……そこは何人が入れる部屋なのかしら。最初は二十人程度が話を聞く予定だったけれど。


「こっちです」


 ノエルさんに案内されて向かった部屋は、魔術師棟の少し奥に位置していた。示されている入り口は大きくて豪華な両開きの扉で……これって、会議室というよりもホールではないかしら。


「ここから入るとすぐ壇上に上がることができる階段があるので、それを使って上にお願いします。魔術師たちは左側にいます」


 壇上……その言葉が出てくるということは、やはり会議室というよりもパーティーが行われるようなホールだわ。そんな場所を使わなければならないほど、受講する魔術師さんが増えたのかしら……


 内心で困惑しながら扉を見つめていると、ノエルさんは何の躊躇いもなく扉を開けてしまった。


「どうぞ、中にお入りください。皆が楽しみに待っています」

「……分かりました」


 まだ戸惑ってはいたけれど、集まってくださった方々を待たせるわけにはいかないと中に足を踏み入れた。するとそこにいたのは、百人にも上る数の魔術師さんたちだ。


「多いな」


 隣からフェルナン様の呟きが聞こえてくる。その言葉を聞いて、驚いているのは私だけでないと少しだけ安心した。


「リリアーヌ、先に」

「はい。ありがとうございます」


 フェルナン様がエスコートしてくださって壇上に登ると、そこにはリュシーさんがいた。さらにはノエルさんも宙に浮いて壇上までやってくる。


「リリアーヌ様、本日はお越しくださりありがとうございました。騎士団長も付き添いでのご登壇、ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。皆様のお役に立てるお話ができるように頑張ります」

 

 声を広く届ける魔道具を使ってノエルさんが講義開始の合図をしてくださって、ここからは私の時間だ。


 真剣な表情でこちらを見てくれている魔術師さんたちをぐるりと見回してから、一度だけ深呼吸をしてゆっくり口を開いた。


「皇宮魔術師の皆さん、初めまして。フェルナン様の婚約者としてユルティス帝国へやって来ました、リリアーヌと申します。本日は皆さんに私の魔法と、魔法について気づいたことに関するお話をしたいと思います。ではまずは、魔法をお見せしますね」

 

 何よりも実際に目で見てもらった方が早いので、まずは一番反響が良い、光輝く蝶を無数に作り出した。そしてそれをホール全体に飛ばしていく。


「これは光属性の魔法です。実は魔法とは、いくつもの効果が複合して成り立っているものでして――――」


 そこから私は実践を交えつつ、魔法の効果を分けて発動できる話を順序立てて行った。魔術師さんたちは熱心で、フェルナン様やノエルさん、リュシーさんも講義を手伝ってくれたので、最初の不安は嘘のように順調に進んでいった。


「では皆さん、ここまでで質問はあるでしょうか」


 そろそろ講義も終盤になり、質問の有無を投げかけたところで――


 突然、ホールの扉が勢いよく開かれた。


「失礼いたします! 緊急事態が発生しました……!」

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