第27話 失敗作の魔法陣
市場には至る所にベンチが設置されているようで、その一つに腰掛けた私とフェルナン様は、ジョスとエメによって購入した食べ物を手渡してもらった。
「先ほど木札には包子と書かれていましたが、炒めものを何かの生地で包んでいるのでしょうか」
中身に問題がないかを確認した際に半分に割られたのだろう包子は、中にぎっしりと具材が詰まっていたのだ。その中身からは少し辛そうな香辛料の香りが漂い、野菜や肉などがたくさん入っているのが分かる。
「ああ、これは小麦粉の生地に肉や野菜を香辛料で炒めたものを詰め込み、蒸して作られるのだ。この中身の味付けや具材に、店ごとの特色が出るらしい」
「詰めるものに明確な基準はないということですか?」
「そうらしいな。家庭で作るときには、余り物で作ることがほとんどだと聞いたことがある」
とても万能な食べ物なのね……面白いわ。貴族社会ではパンと共に何かを食べるということはあるけれど、パンに何かを詰め込むということはないから新鮮だ。
「では冷めないうちにいただこう」
「はい」
しっかりとした質感の包子を一口サイズにちぎって口に入れると、数回咀嚼しただけで直接的な美味しさが口の中に広がった。
「これは、美味しいですね」
「そうだな。私も久しぶりに食べたが、やはり好きな味付けだ」
「貴族の食事にも取り入れられないのでしょうか」
「私もそう思っているのだが、どうしても貴族の食事となるとパンとこの中身を分けて供されることになるのだ」
確かにその方が見栄えが良いものね。貴族の食事にこの包子だけがお皿に載っていたら、華やかさがない。
「これはここでしか食べられない、特別なお食事という方が良いのかもしれません」
「確かにそうだな。ここで食べるから美味しいのかもしれない」
それからもそんな話をしながら包子を味わい、少しだけ休憩してからまた次のお店を見て回ることになった。平民向けの装飾品店や、服を売っているお店、木製の工芸品や、お皿などの実用品。いくつものお店を巡っていく。
そうして市場を楽しんでいた私の瞳に、ふと気になるものが映った。
「フェルナン様、あれは魔法陣ではないでしょうか」
魔法陣とは描くのに高度な技術が必要で、かなり高値で取引されるものなので、なぜこのような場所で売っているのか。そう不思議に思い問いかけると、フェルナン様はそちらのお店に向かいながら説明をしてくださった。
「あの店では失敗作の魔法陣を売っているのだろう。我が国では失敗した魔法陣で広く悪影響がないものに関して、安価で平民に売ることを許可しているのだ」
私はその説明を聞いて、ハッと驚かされた。
確かにせっかく労力をかけて作られたもの。想定通りの効果が表せないとしても、有用なものならば活用するべきだ。
貴族社会で独占していたペルティエ王国とは大違いだわ。
「素晴らしい制度だと思います。どのような効果がある魔法陣なのか楽しみです」
「面白いものがあったらいくつか買ってみると良い」
そう言って笑いかけてくださったフェルナン様とお店に向かうと、店員の女性が私たちを迎え入れてくれた。
「いらっしゃいませ。魔法陣の近くに効果の説明を書いてありますので、そちらを読んで中身を確認されてください。より詳細な効果をお知りになりたいものに関しては、お声がけ頂ければ説明させていただきます」
「ありがとう」
このお店で売られているものは、どれも手のひらに載る大きさの魔法陣のようだ。
魔法陣とは複雑で強力な現象を発動させるものほど大きくなるので、このように誰でも買える場で売られているものは、必然的に小さくなるのだろう。
端から効果を見ていくと、泥水が作り出される魔法陣や、温かい赤色の物体が作り出されて数十秒で消えてしまう魔法陣、さらにはとても狭い範囲に一点集中で風が吹く魔法陣など、面白い効果のものがたくさん目に入った。
「さまざまな効果のものがありますね」
「そうだな。この泥水を作り出すものは、飲料水を作り出す魔法陣を失敗したのだろう。この赤い物体のものは……火種の魔法陣の失敗作だろうか」
「仰るとおりでございます」
フェルナン様の言葉に、店員の女性が微笑みながら頷いてくれた。飲料水が泥水に変わってしまうだなんて、そのような失敗もあるのね。
「一般的な魔法陣は紙が破れてしまったり、石が割れてしまわない限り何度でも使えるけれど、失敗作の魔法陣は連続使用ができるのかしら」
「もちろんでございます。そこは普通の魔法陣と変わりなく、少し魔力を注いでいただければ、魔法陣が綺麗に残っている限りお使いいただけます。しかし、こちらで販売しているものは基本的に紙に描かれたものですので、インクの擦れなどが発生しやすいことはご了承ください。失敗作の魔法陣は、加工もされていませんので」
そういえば……私が見たことがある魔法陣は、透明な物質でインクが擦れないように工夫されていたわね。
「分かったわ。教えてくれてありがとう」
「リリアーヌ、一つぐらい購入するか? 屋敷には失敗作ではない魔法陣もあるので、そちらを増やすことも可能だが」
「いえ、こちらの魔法陣を購入してみたいです。泥水が発生する魔法陣は、庭師のバティへお土産に買っても良いでしょうか」
バディとの雑談で、植物の種類によっては泥の中で発芽させなければならないものもあり、そのための泥水作りをしていると聞いたのだ。
この魔法陣があれば、とても役に立つと思う。
「もちろんだ。バティは喜ぶだろう。自分用には良いのか?」
「では……こちらの魔法陣を購入したいです」
選んだのは火種の魔法陣の失敗作であるもの。何だか丸くて可愛らしい赤色の物体が出現するようだけれど、人肌以上には温かいので、数分で消滅してしまうとしても寒い時期には使えるはずだ。
「分かった。では店主、二つの魔法陣を買おう」
「かしこまりました。ご購入、ありがとうございます」
それから購入した魔法陣を受け取った私たちは、そろそろ十分に市場探索を楽しんだということで、本日のお出かけを終わりにすることにした。
「フェルナン様、本日はとても楽しかったです。ありがとうございました」
「私もリリアーヌと出掛けることができて、幸せな時間を過ごせた。また来よう」
「……はい!」
次の約束が嬉しくて自然と笑みを浮かべながら頷くと、フェルナン様も優しい笑みを向けてくださった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます