第26話 市場散策と美味しそうな屋台
幸せな気分で宝飾品店を後にし、フェルナン様が予約してくださっていたレストランで昼食を堪能したところで、私たちは馬車に乗り平民が住むエリアに向かうことになった。
「貴族が暮らす場所と平民が暮らす場所は、明確に分かれてはいないのですか?」
「ああ、そうだな。しかし土地や建物の価格が違うので、実質的には棲み分けされている。ただ先ほどの宝飾品店やレストランを運営しているのはもちろん平民なため、貴族が住む場所に平民はいない、などということはあり得ないな。その逆も然りだ」
「ということは、平民が暮らす場所に住む貴族の方もいらっしゃるのですか?」
王国ではあまり考えられなかったことなので不思議に思いつつ問いかけると、フェルナン様は苦笑を浮かべながら微妙な表情で頷かれた。
「たくさんいるというわけではないが、貴族社会は肌に合わないと言って、平民に紛れて暮らしている者はいるな。ただその場合も貴族の勤めを果たすため、いわゆる貴族街にも屋敷を持っていることが多い」
確かに貴族は経済を回すことも大きな務めの一つ。平民に紛れて小さな家で暮らしていては、お金が貯まる一方よね。
「それならば問題はございませんね」
「ああ、そうだな。……おっ、そろそろ目的の市場が見えてきたぞ。あそこに見える広場とその先に繋がる大通りが、ここ帝都で一番の市場だ」
「凄い人の数ですね……」
広場には馬車が入っていけないほどに、多くの人が集まっている。こんな場所に私たちが姿を表しても大丈夫なのかしら。
「服を着替えたほうが良いでしょうか」
「いや、問題はないだろう。この市場は有名なので、貴族が訪れることもよくあるのだ」
「そうなのですね。それならば安心です」
「あの場所に馬車を停めて歩いて散策となるが、良いだろうか」
「もちろんです」
期待に胸が弾み、無意識のうちに口角が上がってしまう。ここから見えるだけでもたくさんのお店が並んでいる市場には、どのようなものが売られているのかしら。
馬車が止まってフェルナン様のエスコートで降りると、人々が集まる熱気を肌で感じることができた。
そこかしこから聞こえる呼び込みの声、楽しそうな買い物客たちの笑い声、はしゃいでいる子供の声、さまざまな食べ物の良い香りに、色鮮やかな商品の数々。
それらに圧倒されて、馬車を降りた場所に思わず立ち止まってしまう。
「リリアーヌ、大丈夫か?」
「はい。このような場所には初めて来たので、圧倒されてしまって……」
視線を市場に向けながらそう伝えると、フェルナン様は私の手を少し強めに握ってくださった。
「不安かもしれないが、私がいるから大丈夫だ」
その手の温もりと言葉に安心し、体に入っていた力が抜ける。
「ありがとうございます。では、行きましょうか」
「そうだな。まずはどこに行きたい?」
「そうですね……あちらに見えている丸い食べ物? が気になるのですが」
近くにある行列ができている屋台が気になり視線を向けると、フェルナン様はその食べ物を知っているのか楽しそうに頷かれた。
「あれは食べ物で合っている。私も数回しか食べたことがない、平民街特有のものだな」
「そうなのですね。どのようなお味なのでしょうか」
「それは……食べた時の楽しみとしようか」
楽しげな表情でそう言ったフェルナン様は、私を連れて行列の最後尾に向かわれた。
貴族だからと先頭に割り込むのではなく場を乱さないフェルナン様に、なんだか嬉しくなる。
「こうして待っている時間も楽しいですね。どのような味なのか想像が膨らみます」
「そうだな。……しかしリリアーヌ、あまり笑顔を振り撒かないようにしてくれないか?」
「……笑顔を、ですか?」
意味がよく分からなくて首を傾げると、フェルナン様は言いづらそうに口を開いた。
「周囲の者たちが、リリアーヌに見惚れているからな」
その言葉でやっと周囲に目が向いた私は、確かに大勢の人たちに注目されていることに気づいた。
初めて来る市場が物珍しく、周囲の人たちの視線にまで意識が向いていなかったわ……
「こんなに見られていたのですね……急に恥ずかしくなってきました」
はしゃいでいるところをずっと見られていたということよね。フェルナン様の婚約者として、ふさわしくない言動はなかったかしら。
熱くなってしまった両頬を手で隠しながらそんな心配をしていると、フェルナン様がポツリと呟く言葉が聞こえてきた。
「顔を隠すベールが必要か」
いや、フェルナン様、それは今まで以上に目立つことになると思います!
「すみません、はしゃいでしまって。少し落ち着きました」
両手を外してフェルナン様を見上げると、フェルナン様は少しだけ困ったように眉を下げられた。
「いや、私の方こそ変なことを言って悪かった。リリアーヌは好きなだけ楽しんでくれ。可愛らしいリリアーヌが注目を浴びてしまうことは、仕方がないことだからな」
何度も頷きながら仕方がないと納得しているフェルナン様に、このドレスも目立つ要因ではないかと口を開きかけたその時、目の前に並んでいた人たちが商品を受け取り私たちの順番が回ってきた。
「いらっしゃいませ〜。貴族様に食べてもらえるなんて光栄です。おいくつご購入されますか?」
「二つ頼みたい」
「かしこまりました! 少々お待ちくださいね〜」
手のひらと同じぐらいのサイズ感である白い食べ物は、近くで見るとなんだかパンに似ているようだった。これは丸い蒸しパンなのかしら。
「お待たせいたしました。お二つですね」
「ありがとう」
フェルナン様の従者であるジョスがお金を払い商品を受け取り、私たちは屋台から少し離れた場所に向かった。
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