第23話 薬草栽培

 まだしばらくは帝国に慣れる期間ということで、私には特にお仕事もなく自由な時間をいただけている。

 しかしさすがに屋敷での生活にも慣れて時間が余り始めてしまったので、趣味でもある光魔法の研究を再開することにした。


 その研究内容とは、薬草の栽培だ。フェーヴル侯爵家の屋敷にいる時からこの研究のことは考えていて、しかし畑を借りることはできず実行には移せなかった。

 初めて実行したのは辺境の森の中で暮らしていた時だったけれど、あの時はなんの研究成果も得られないうちに引っ越すことになり、まだ光魔法による薬草栽培に関しては成果なしの状況だ。


「エメ、クラリス、私用の畑をいただけたのよね?」

「はい。メイド長に話をいたしまして、セレスタン様が庭師へと話を通してくださいました。屋敷からほど近い場所にある一つの花壇が、お嬢様専用の畑でございます」

「ありがとう。ではさっそく畑に向かいましょう」


 二人と護衛のアガットを連れて花壇に向かうと、そこにはちょうど庭師であるバティがいた。バティは五十代のとても穏やかで優しい庭師で、私が特に好きな使用人だ。

 庭を散歩しているときによく会って、いつも穏やかに会話を楽しんでいる。


「リリアーヌ様、さっそく来られたのですね」

「ええ、まずは花壇の状況を見に来たのだけれど……もしかして、バティが薬草を植えてくれるのかしら」

「もちろんでございます。リリアーヌ様は薬草を栽培されたいと聞いておりますゆえ」

「ありがとう、助かるわ。……そうだ、バティにも私の研究内容を聞いて欲しいのだけれど」

「私にも聞かせてくださるのですか? それは光栄なことでございます」


 バティが白髭の生えた顔をにっこりと笑顔に変化させたのを見て、私は安心しながら口を開いた。


「私がやりたいと思っているのは、光魔法の光に自然治癒促進の効果のみを混ぜた魔法を毎日薬草に当てて、それによって育った薬草の効果にどのような変化があるのかを研究したいと思っているの」


 薬草は治癒薬と呼ばれる薬の原料になるもので、この治癒薬はとても重宝されている。光魔法の使い手はそこまで数が多くはなくて、さらに魔法には個々の魔力量という使用制限もあるからだ。


 誰でもどこでも治癒ができ、魔力量の制限もない治癒薬はとても画期的なものとして広まっている。しかしこの治癒薬、少し重い怪我などになるとほとんど効果がないことが弱点なのだ。


 なのでこの薬草研究で、治癒薬の効果を高められれば良いと思っているのだけれど……


「……私には難しいことは分かりませんが、この花壇に植えられる薬草に、毎日リリアーヌ様が光魔法を使われるということでよろしいでしょうか」

「その認識で合っているわ」

「かしこまりました。では、水やりなどはいかがいたしますか?」

「そうね……ごく一般的な薬草を育てる場合の水やり頻度で、バティに頼んでしまっても良いかしら」


 申し訳ないと思いつつ口にした提案に、バティは笑みを深めながら了承を示してくれた。


「ありがとう。とても助かるわ」

「いえいえ、これが私の仕事ですから。薬草の植え方には特にこだわりなどございませんか?」

「ええ、なんでも良いわ……あ、ただ光を当てる頻度や時間によって、薬草を区分けしたいと思っているの」

「それでしたら、紐などで花壇をいくつかに分けましょう」

「ありがとう。よろしくね」


 それからはバティが手際良く薬草を植えてくれたので、私はさっそく初日の光魔法を発動させることにした。


 一番慣れている蝶の形の光に自然治癒力を向上させる効果も追加し、蝶たちには薬草のすぐ近くを飛んでもらう。蝶の羽がふわりと動くごとに光が薬草に降り注ぎ、とても綺麗な光景だ。


 やはりこの魔法は美しいわね……見ていると心が落ち着くわ。


「素晴らしいですな……このような光景を、見ることができるなど」


 バティは震える声でそう呟くと、その場にしゃがみ込んで祈るような姿勢をとった。


「ありがとう。でもさすがにそれは大袈裟よ」


 少し苦笑しつつ伝えると、バティは首を横に振る。


「いえ、いえ、大袈裟なんてことはございません。とても神秘的で思わず祈りたくなる光景でございます」

「私も同じ意見です……」


 うっとりと見惚れるような表情のエメの言葉に、クラリスとアガットも頷いた。そんなに褒めてもらえると、嬉しいけれど恥ずかしいわ。


「明日からは毎日見られるわ」


 それから区分けした薬草ごとに光を当て、木の板に光を当てる時間と頻度を記入したものをバティに設置してもらい、光魔法による薬草栽培の研究は無事に開始することができた。

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