第22話 有意義なお茶会と証
「いかがいたしましたか……?」
じっと見つめられている瞳を見返して声を掛けると、ヴィクトワール様はとても綺麗に微笑まれた。
「いえ、皇宮に来てくれた時よりも表情が明るくなったと思っていたの。もう帝国には慣れた?」
「はい。本当によくしていただいて……こんなにも幸せで良いのかと、たまに不安になってしまうほどです」
「ふふっ、幸せなことに対して不安になるのね。大丈夫よ、私が言うのも微妙だけれど、フェルナンはあなたのことがとても大切なようだから」
やはりヴィクトワール様から見ても、そう思われるのね……私も日々実感している。フェルナン様は私を宝物のように扱ってくださり、しかし閉じ込めることはなく私がやりたいことがあれば背中を押してくださる。
本当に、私にはもったいないほどに素晴らしいお方だわ。
「フェルナン様は、とても良くしてくださいます。ここに嫁ぐことができて良かったです」
「それをあの子が聞いたら大喜びね」
それからもお茶とお菓子を楽しみながら最近の生活についての話で盛り上がり、しばらく経ったところでヴィクトワール様が帝国の決まりを教えてくださることになった。
「リリアーヌはどこが不安なのかしら。私から見ても、特に指摘するような部分はないのだけれど……」
「一番お聞きしたかったのは、帝国における貴族令嬢の立ち位置についてです。ここが王国とは大きく違う点だと思っておりまして……」
王国で貴族令嬢に求められていたものは、とにかく美しさだった。もちろん教養も学ぶけれど、それは礼儀作法などに偏っており、例えば算術や経済学などは学ぶべきではないと言われていたほどだ。
私は美しさがないのだからと、貴族令嬢が一般的には学ばないような学問も全て学んだけれど……それが褒められるようなことは一度もなかった。
また王国では女性が官職に就くと言うことは、ほぼあり得ないことだ。貴族社会で女性の働き口となるのは、令嬢への教育係とメイド、護衛、それから下女のみ。
王宮で働くような官吏に女性が採用されることはまずない。
「貴族令嬢の立ち位置、確かにそれは把握しておいた方が良いわね。ただこの国における貴族令嬢の立場は分かりやすいわ。なぜならあまり男性と変わらないから。唯一違うのは、基本的には爵位を継ぐのは男性と定められているため、女性は別の家に嫁ぐ可能性があるということね」
「嫁がない女性はどうされるのですか?」
「爵位を継がない男性と同じよ。官吏になったり、騎士や魔術師を目指したり、メイドになったり、貴族社会を出る者もいるわ」
やはりこの国では女性も官職を目指せるのね……その事実を聞いてはいたけれど、信じきれず半信半疑だった。しかしヴィクトワール様が仰るならば、本当にそれが真実なのだろう。
「……では、嫁ぎ先の家ではどのようなことをするのでしょうか」
「それはそれぞれの家によるけれど、まずはお世継ぎを産むこと、それから屋敷を円滑に回すこと、またその家でやっている事業を担当することも多いと思うわ。旦那様に付いて社交をすることも仕事よ。その時に知識がなければ侮られてしまうから、特に旦那様の仕事内容に関しては深い理解が必要になるわね」
私はヴィクトワール様がしてくださった説明を聞いて、少しの危機感を覚えた。まさか帝国では女性もそこまで仕事を任せられるなんて……私はまだその役割のほとんどをこなせていないわ。
「フェルナン様に嫁ぐ私は、騎士団に関する知識が必要でしょうか」
「そうね。しかしゆっくりと覚えていけば良いわ。まだあなたはこの国に来たばかりなんだから。婚約期間を一年以上は設けるでしょうから、正式な婚姻までに学べば良いのではないかしら」
それで良いのかしら……でもそうだわ、フェルナン様もまずはこの国を楽しんでほしいと仰ってくださった。
「かしこまりました。ではゆっくりと学んでいこうと思います」
「ええ、それが良いわ」
それからもヴィクトワール様は帝国内にいなければ知り得ない情報をたくさん話してくださって、とても有意義な時間が過ぎていった。
ヴィクトワール様が来てくださった日の夕食の席では、フェルナン様が私の話を聞いてくださり、今日学んだことを整理することができた。
「フェルナン様、いつも話を聞いてくださってありがとうございます」
「お礼を言われることじゃない。私も楽しいからな。今日もリリアーヌは楽しく過ごせたようで良かった」
「はい。ヴィクトワール様のおかげです」
本当に素敵なお方で、フェルナン様のお母様だということにすぐ納得できる。ヴィクトワール様がいずれは私のお義母様になるだなんて……とても嬉しいわ。
「そうだ、リリアーヌに一つ渡したいものがあるんだ」
嬉しさを噛み締めていると、フェルナン様がふと何かを思い出したように従者であるジョスに指示を出し、小さなペンダントを手にした。
「これをリリアーヌに渡しておきたい」
フェルナン様が直接手を伸ばしてくださったので、エメに頼むのではなく自ら受け取ると……それは、とても嬉しいものだった。
「家紋付きのペンダントだ。持っていればユティススラート家の人間だとどこにいても通じるので、肌身離さず持ち歩いて欲しい」
「……いただいてしまって、良いのでしょうか」
嬉しくて感動して、少しだけ震える声でそう問いかけると……フェルナン様は優しい微笑みを向けてくださった。
「私がリリアーヌに持っていて欲しいのだ」
「ありがとう、ございます」
大切に両手でペンダントを包み胸に当て、浮かんでくる涙が溢れないようにと目を閉じた。
この家の人間だと正式に認められたようで、明確な居場所ができたようで――とても嬉しい。
「リリアーヌ」
目を閉じていたら、突然耳元でフェルナン様のお声が聞こえた。それに驚いて顔を上げると、フェルナン様が私の両肩に手を置かれ、後ろから耳元に顔を近づけられている。
「フェ、フェルナン、様……?」
「ペンダントを私の手で付けても良いだろうか」
「もちろん、です」
緊張で震えそうになる手を動かしながら後ろを振り向きペンダントを渡すと、フェルナン様はなんだかいつもとは違う、思わず顔が赤くなってしまうような表情を浮かべていた。
「お願いいたします……」
「ありがとう。髪を上げてくれるか?」
「はい……」
フェルナン様は繊細な手つきでペンダントを私の首元に付けると、首筋に沿った鎖をスッと一瞬だけ撫でた。
「とてもよく似合っている」
しかしすぐ何事もなかったかのようにそう言うと、席に戻られる。フェルナン様……そんなことをされては、私の心臓が持ちません!
「では食事の続きをしよう」
私は食事どころではないのだけれど、フェルナン様はいつもの笑顔で食事を再開してしまった。
絶対に私の現状を分かっていて楽しまれてるのだわ……そう思うと私ばかり動揺して悔しいけれど、なんだか嬉しくもあって、複雑な心境でカトラリーを手に取った。
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