第21話 敬称と皇妃殿下

「リリアーヌの魔法と理論の素晴らしさを、分かってもらえただろうか」


 意気揚々と告げられたフェルナン様の言葉に、ノエル様とリュシー様はすぐに頷いてくださった。


「はい。十分すぎるほどに」

「騎士団長の婚約者様は素晴らしいです」

「二人ともありがとう。それでここからが本題なのだが、リリアーヌに皇宮魔術師たちへ、魔法の講義をしてもらおうかと思っているんだ。この理論を知っていることで魔術師たちの実力が底上げされ、士気向上にも繋がることを期待している」

「それは、とてもありがたい提案です」

「ぜひ今すぐにやりましょう!」


 こんなにも喜んでもらえて、認められて、本当に嬉しくて幸せだわ……なぜだか急にこの場にいられることが奇跡のように思えて、胸の奥が温かくなった。


「ありがとうございます。お二人とも、これからよろしくお願いいたします」


 改めてそう挨拶をすると、リュシー様は私と同じように丁寧に頭を下げ、ノエル様は笑顔で頷いてくださった。


「そうだ、これから僕のことはノエルでいいですよ。様なんて呼ばれるような人間じゃないですから」

「私も師長と同じです。公爵夫人となられる方に敬称をつけていただくのも、なんだか落ち着かない心地になりますし……」

「そうですか……? では、ノエルさんとリュシーさんと呼ばせていただきますね」

「はい。リリアーヌ様、これからよろしくお願いいたします!」


 二人の敬称を外して呼びかけると、お二人とも嬉しそうな笑みを浮かべた。その笑顔に安心していると……横からフェルナン様が私の手を握られる。


「どうかされましたか?」

「……私よりも二人との方が距離が近く聞こえないか?」

「いや、そんなことはないと思いますが……」

「公の場では仕方がないが、私的な場ではフェルナンと呼び捨てにするのはどうだろう? 仲の良い夫婦はそうしている者たちも多いと聞く」


 確かに私もそういう話は聞いたことがあるけれど……さすがにまだ早くないかしら。

 そう思うけれど、真剣な表情のフェルナン様がなんだか可愛く見えて、自然と口が開いた。


「フェルナン……これで良い、かしら?」


 恥ずかしくて少しだけ顔を俯かせながら口を開き、チラッとフェルナン様の表情を見上げると、フェルナン様は顔を片手で覆って天井を見上げていた。


「……どうかされましたか?」

「いや、すまない。大丈夫だ。いや、大丈夫ではないな。でも大丈夫だ。――はぁ、リリアーヌ。それは少し破壊力が強いので、少しずつ小出しにして欲しい」


 もしかして、照れておられるのかしら。よく見てみると耳が赤くなっていて、少しだけ見えている頬も赤いように見える。


「騎士団長が照れてるのなんて初めて見ました」

「こんな騎士団長の姿が見られるなんて、リリアーヌ様は凄いですね!」

「お前たち、うるさい」

「騎士団長から言い出したことじゃないですか〜」


 揶揄うようにそう言ったノエルさんに、フェルナン様は顔を覆っていた手で今度はノエルさんの頭を掴んだ。


「ちょっ、痛いっです。騎士団長は力が強いんですから、手加減してください……!」


 二人の仲の良い様子を見ていると、自然と笑顔になれる。

 それからはとても和やかな雰囲気で話が進み、講義を行う予定を決めたところで、私とフェルナン様は皇宮魔術師棟を後にした。



 皇族の皆様とお会いしてから数日後。ユティススラート家の屋敷を一人の高貴な女性が訪れてくださった。その人物とは……ヴィクトワール様だ。


「リリアーヌ、出迎えをありがとう。本日をとても楽しみにしていたわ」

「こちらこそご足労いただきまして、心からの感謝を申し上げます。皇妃殿下にお会いできる時を今か今かと待ち侘びておりました。どうぞ、中へお入りください」

「ありがとう。失礼するわ」


 ヴィクトワール様がお屋敷に来てくださったのは、数日前のフェルナン様との会話が原因だ。

 私が公爵夫人という役割を問題なくこなせるかどうか、まだ帝国についての知識が乏しく不安だと少しだけ溢してしまったら、フェルナン様がすぐに教育係としてヴィクトワール様を選んでくださった。


 とても迅速な対応はありがたいけれど……フェルナン様、やはり皇妃殿下に頼むのはやりすぎではないでしょうか。


「どうぞ、お掛けくださいませ」


 一番豪華な応接室に案内してソファーを勧めると、ヴィクトワール様はそれはもう優雅に、思わず見惚れてしまうような動作で腰掛けた。


「ありがとう。この屋敷には久しぶりに来たけれど、前よりも明るくなったような気がするわ。それもリリアーヌのおかげかしら」

「そうなのでしょうか……そうでしたら、嬉しいです」


 そういえば、セレスタンにも似たようなことを言われたわね。私がいて屋敷が明るくなるだなんて……その言葉を胸の内で噛み締めていると、ヴィクトワール様が私の顔をじっと見つめた。

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