第20話 リリアーヌの魔法理論

 光輝く蝶たちが部屋中を飛び回る様子を見て満足した私は、視線をお二人に戻した。


「このような感じです」


 そう声をかけると、呆然と上を見上げていたお二人の表情が驚きに染まっていく。


「な、な、な……何だこれ!」

「とても……綺麗です」

「リ、リリアーヌ様! どのようにしてこの蝶を作り出したのですか!」


 ノエル様の凄い勢いに思わず少しだけ体を引いてしまうと、フェルナン様が私の肩を抱き寄せノエルさんの頭を片手で掴んだ。


「ノエル、近い」

「あっ、すみません。つい興奮して」

「リリアーヌ様、師長が申し訳ありません。しかしこの魔法はそれほどに衝撃的なものです。皇宮魔術師にも光属性の者はおりますが、誰もこのような魔法は使えません」


 帝国の皇宮魔術師でさえ使えない魔法……本当に私は特異なものを作り出してしまったようだわ。


「この魔法は暗い夜に治癒魔法を発動させた際、周囲が明るく照らされたことから、この光だけを発動できないのかと考えました。それからひたすら練習をしていたら、いつからか光属性の魔法を発動する際にその効果を選択できるようになったのです」

「効果を選択できるというのは、どういうことでしょうか」

「まずは一般的な魔法の効果とは、いくつもの効果が細分化されているものだと気づきました。そのいくつもの効果の中から、一つを選んで発動させられるのです」


 その説明を聞いたお二人は、最初は難しい表情で視線を少し落とした。しかし次第に内容を理解してくださったのが、まずはリュシー様が近くにあった紙を手にしてそこに文字を書き込んでいく。


「リリアーヌ様! これは素晴らしい発見ですよ……!」

「そう言っていただけて良かったです」


 喜んでもらえたことに安心してお茶を口に含むと、隣から視線を感じた。そっとフェルナン様の方を向くと、フェルナン様は優しい笑顔で私のことを見つめている。


「な、なぜ……こちらをご覧になっているのですか」

「いや、楽しそうなリリアーヌを見ていると幸せになれるからな」


 フェルナン様……なんでそういう恥ずかしい言葉を、他の方がいる場で自然と言葉にできるのかしら。私はすぐに恥ずかしくて口を開けなくなってしまう。


「あ、ありがとう、ございます」

「ふふっ、すぐに顔が赤くなるな」

「それは……フェルナン様のせいです」

「そうか、私のせいか」

「はいはーい、止まってください! 騎士団長、今はイチャイチャしてる場合じゃないです!」

「そうですよ。魔法史が変わるかもしれない研究について話をしているのですから!」


 ノエル様だけでなくリュシー様にも止められて、フェルナン様は不服そうな表情だ。私としてはこれ以上は心臓がもたなかったので、止めてもらえてありがたい。


「リリアーヌ様、先ほどお聞きした話をまとめてみたのですが、間違えていたら仰ってください」

「分かりました」

「ありがとうございます。――魔法とはそれぞれの属性ごとにいくつもの効果を発生させられる素養があり、私たちが一般的に使用している魔法は、それらの効果を全て合わせたものである。そして効果を合わせない、それぞれの効果ごとにも発動が可能だということで間違いはないでしょうか」

「はい。私としては、その結論に至りました」


 すぐにここまで言語化してまとめられるなんて、リュシー様はとても賢い方なのね。そして理論を大切にする性格なのでしょう。私と気が合いそうだわ。


「では私の属性である氷で推論してみますが、氷属性であれば水を出現させる、温度を下げる、氷を自在に操る、氷を形作る、などの効果に分けられるのでしょうか」

「そうですね……他にもあるかもしれませんが、概ねその解釈で合っているのではないかと思います」

「リュシー、もし今までの推論が正しければ、水属性は氷属性の下位互換ということにならない?」


 リュシー様の言葉に私が頷くと、難しい表情で考え込んでいたノエル様がその疑問を口にした。


「……そうですね。これは試してみないことには分かりませんが、氷属性と水属性では自在に操れる部分が違う可能性はあります。例えば氷属性ならば、水だけでも作り出せるけれど水は自在に動かせない、などのように」

「確かに……その可能性はあるかも。早く検証してみたいな。僕の風属性はどんな効果に分かれると思う?」


 ノエル様のその質問を受けて、リュシー様は真剣な表情でノエル様を見返した。


「もしかしたら、師長はすでに効果を分けて魔法の発動しているのではないかと、リリアーヌ様のお話を聞いていて思いました。師長は宙に浮かばれる時、よくご自分の周囲の空気を固定すれば良いと仰っていますよね? 今までは意味が分かりませんでしたが、もしかしたら細分化された風魔法には、そのような効果があるのかもしれません」

「……おおっ、確かに! 今まで何となく使ってきた魔法のことが、初めてちゃんと分かった気がする……リリアーヌ様、ありがとうございます!」

 

 ノエル様は瞳を輝かせると自分の両手を見つめ、その場でふわっと浮かび上がった、そして部屋の中を自在に飛び回り、何かを確認したように頷いている。


「本当に魔法の効果を細分化できるみたいです!」


 満足したのか席に戻られたところで、フェルナン様が居住まいを正して口を開いた。

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