第19話 魔術師長と副師長
「そういえば、騎士団長は長期で休暇を取られたんじゃなかったですか?」
リュシー様も同じ疑問を抱いていたのか、ノエル様のその言葉にフェルナン様へと視線を向けられる。
「数日前に帰ってきたんだ。その休暇というのが、リリアーヌを王国まで迎えに行くことだった。まだ公にして良い情報ではなかったため、休暇という形にしたんだ」
「そうだったんですね〜。それにしても、騎士団長が結婚だなんて驚きました。皇帝陛下が決められたんですか?」
「いや、私の意思だ」
迷いなく告げたその言葉に、お二人は面食らった様子でしばらくフェルナン様の顔をマジマジと見つめていた。
「……本当に騎士団長ですか? 偽物じゃなくて?」
「そんなわけがあるか」
「でも、女性となればすぐに避けてた団長が……」
「私も最初はあからさまに避けられ、今でもやはり壁があると感じているのですが……」
「あぁ……それは本当にすまない。リュシーにその気がないことは分かっているんだが、トラウマなんだ。しかし何故かリリアーヌは最初から大丈夫だと思えて……まあ、一言で言えば一目惚れだ」
「うわぁ〜、騎士団長が惚気た!」
ノエル様の大袈裟なその言葉に、思わず私も恥ずかしくなってしまう。
「出会いはどこですか? 団長、パーティーとかも行かないじゃないですか」
「……秘密だ。私たちだけの思い出だからな」
そう言ったフェルナン様は、私の顔を覗き込んで安心できるような笑みを浮かべてくれた。
もしかしたら、私の今までの境遇を話さなくても良いように、秘密にしてくれたのかしら……本当にフェルナン様は素敵なお方だわ。
「魔術師長、それを聞くのは野暮ですよ。ところで騎士団長、此度の休暇が婚約者であるリリアーヌ様を迎えに行かれるためのものだったということは分かりましたが、なぜお二人で魔術師棟に来られたのですか?」
「そういえばそうだよね。何でですか?」
「実は、リリアーヌに皇宮魔術師たちへの授業をしてもらおうと思っているんだ。リリアーヌの魔法の才、そしてその分析は凄いからな。とりあえず……部屋に入って話をしよう」
その提案にお二人は興味津々な様子ですぐに頷かれ、私たちはお二人が飛び出してきた部屋に入ることになった。
部屋の中には様々な道具や書物が散らばっていて、なんだか雑然とした雰囲気だ。しかし妙に落ち着く空間となっている。
「そちらのテーブルにお掛けください。片付いていなくて申し訳ありません。すぐにお茶をお入れしますね」
「どうぞ〜、座ってください。リリアーヌ様、とお呼びしてもいいですか?」
「はい。もちろんです」
「ありがとうございます。ではリリアーヌ様、改めまして僕はノエルです。皇宮魔術師長をやっています。よろしくお願いします。ちなみに風属性です」
ノエル様は人懐っこい笑みを浮かべると、右手を差し出してくれた。ふわふわと柔らかそうな茶髪に大きめな丸い瞳、何だか可愛らしい方だわ。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。先ほど宙に浮いていたのは魔法でしょうか」
「そうです! 風をいい感じに操ると自由に飛べるんですよ」
いい感じに操ると……フェルナン様の仰るとおり、感覚派の方みたいね。普通は風を操って宙に浮かぶなど、考えても実行できないはずだ。
「とても素晴らしい技術だと思います」
「ありがとうございます」
私の言葉にノエル様が嬉しそうな笑みを浮かべたところで、リュシー様がお茶を運んで来てくださった。
「こちらお茶です。よろしければお飲みください」
全員分のお茶を並べると、ノエル様の横に綺麗な姿勢で腰掛けられる。リュシー様は眼鏡をかけていて、サラサラな黒髪が印象的な美しい女性だ。
「私も改めて自己紹介を、リュシーと申します。皇宮魔術師の副師長を拝命しておりまして、日々魔術師たちをまとめるために奔走しております。属性は氷です。よろしくお願いいたします」
「丁寧にありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
リュシーさんとも挨拶をしたところで、丸テーブルを挟んだ向かいの席に腰掛けたノエル様が、瞳を輝かせながら身を乗り出した。
「それで、リリアーヌ様の魔法の才と分析とはどういうことなのですか!」
「今から説明するから、席に座っていてくれ。リリアーヌ、私から話をしても良いか?」
「はい。よろしくお願いします」
私では他の方の魔法と比較することができないので、フェルナン様にお任せすることにした。
「ありがとう。――まずリリアーヌは光属性なのだが、普通では治癒不可能な怪我を当たり前のように完治させることができる。またその速度も普通では考えられないほどだ。さらに治癒の際に発生する光のみを抽出し、少しの疲労回復効果がある光だけを発現させられる。とりあえずリリアーヌ、あの蝶を出してくれないか?」
「かしこまりました」
せっかく皇族の皆様に背中を押してもらったのだからと、いつもより気合を入れて蝶を作り出した。光をより強く蝶の数を増やして、さらに優雅に幻想的に。
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