第18話 皇宮魔術師棟
魔術師棟までは歩いて十分ほどで、とても大きな建物が渡り廊下で皇宮の中心部と繋がっていた。フェルナン様は騎士団長という仕事柄、この場所には頻繁に来られるのだそうだ。
「フェルナン様、魔術師長様はよくお出かけになられているのですか?」
「そうだな。あいつは魔術師長なんだが自由人で、現場が好きだとすぐ魔物討伐に行ってしまうんだ」
「……そのような方が師長になられているということは、とても魔法が得意な方なのでしょうか」
普通ならば組織のトップに立つ人は、事務能力が高く人をまとめることができる者が選ばれる。その能力があまり高くなくても選ばれているということは、その欠点を凌駕するほどの才能があるということ。
「……あいつは天才だ。リリアーヌが理論を考える天才だとすれば、あいつは感覚的に魔法を使う天才だな」
感覚的に……その言葉の意味を聞こうとしたその瞬間、少し先にあったドアがバタンっと音を立てて勢いよく開き、そこから男の人が飛び出してきた。
しかもその男性、宙に浮いている。
「リュシー、ごめんって!」
「今日という今日は許しません……! あなたが勝手に魔物討伐に行ったことで、私は何時間も残業をしなければならなかったのですよ!」
「だ、だから今度リュシーに代わりの休みを……」
「そういう問題ではありません!」
男性のすぐ後に飛び出してきた女性は、かなり怒っている様子だ。そんな二人を見て、フェルナン様は小さくため息を吐かれた。
「ノエル、また怒られているのか」
「あっ、騎士団長!」
ノエルと呼ばれた宙に浮かぶ男性は、フェルナン様に気づくと嬉しそうな笑みを浮かべ、一直線にこちらへ飛んでくる。
「リリアーヌ、少しだけ下がっていてくれるか?」
「分かりました」
「騎士団長、匿ってください!」
その言葉と共に懇願の表情で両手を伸ばしたノエル様を、フェルナン様は襟首を掴んで強引に止め、リュシーと呼ばれていた女性に突き出した。
人がふわふわと浮かびながら確保されている光景は、なんだか不思議なものだ。
「リュシー、いつも大変だな」
「騎士団長、巻き込んでしまい大変申し訳ございません。魔術師長の確保、ありがとうございます」
「いや、気にしなくて良い。悪いのはノエルだろうからな」
「うぅ……騎士団長に裏切られた」
ノエルさんは拗ねた様子でそう呟くと、ふわっと地面に降り立つ。先ほどから宙に浮いているのは風魔法なのかしら……こんな魔法、見たことがないわ。
それに先ほど魔術師長と呼ばれていたけれど、予想以上に若く見える。私と歳が近い可能性もありそうだわ。
「魔物討伐に行って大活躍してきたのに……」
「それはお前の仕事じゃないんだ」
「騎士団長の仰るとおりです。此度の魔物は他の者たちだけで十分に討伐可能な強さでした。あなたでは過剰戦力なんですよ」
「えぇ〜、そんなことないよ〜。ちゃんと皆が活躍できるよう補助に努めたし」
「だ、か、ら、そんなふうに手を抜ける魔物の討伐に、あなたが向かう必要はないのです!」
ノエル様はお二人から凄い勢いで叱られている。ただ話の内容は楽しいものではないけれど、この光景を見ていると三人の関係性が良いものだと分かってなんだか温かい気持ちになるわね。
そんなことを考えながら三人のやりとりを聞いていると、ノエル様が私に気づいてこちらに視線を向けられた。
「騎士団長、そちらのご令嬢はどなたですか?」
「あっ……お連れの方がいらっしゃったのですね。絶対に逃すまいと魔術師長しか目に入っておらず、気づけませんでした。失礼をお許しください」
続けてリュシー様もこちらを見て丁寧な礼をしてくださったので、私も慌てて皆様の下へ向かった。
「いえ、気になさらないでください。私はリリアーヌ・フェーヴルと申します」
「ペルティエ王国から来てくれた、私の婚約者だ」
私の挨拶の後にフェルナン様がそう説明をすると、リュシー様は納得の様子で頷き、ノエル様は瞳を見開き驚きを露わにした。
「どういうことですか!? 騎士団長、女嫌いで有名なのに!」
「そういうことを、婚約者様の前で普通は言わないんですよ!」
「痛っ……うぅ、リュシーは手加減を覚えた方が……」
「あなたがしっかりすれば良いのです!」
フェルナン様は二人のやり取りに呆れた表情を浮かべると、私に視線を向けた。そして申し訳なさそうな笑みを浮かべてから、声が聞こえやすいように顔を近づけてくださる。
「この緩くて自由な男が魔術師長だ。名前はノエルという。一応侯爵家の生まれだ。そして隣の女性は副師長でリュシー。こちらは伯爵家の生まれだ。しかし二人ともすでに家を出ており、爵位を継ぐことはない」
侯爵家と伯爵家の方だったのね……だからこの若さでこの地位にいるのかもしれないわ。いくら才能があったとしても、さすがに上まで上り詰めるには時間が掛かるでしょうから。
「教えてくださってありがとうございます」
「予想と違って驚いたか?」
「……はい。もう少し年配の方なのかと」
「我が国でも異例の人事だったのだ。後ろ盾の強さもあるが、やはりそれほどに能力が高いことが大きな理由だな」
フェルナン様がそう仰ったところで、リュシー様からの説教が終わったらしいノエル様が、不思議そうに首を傾げて口を開いた。
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