第16話 皇族の方々

 皇宮に着いて向かったのは、皇族の方々が住まわれている後宮にほど近い応接室だった。謁見の間など正式な皇帝陛下への目通りをする場所でないのは、私と本音で話したいと思ってくださったからなのだそうだ。


 ちなみに他の貴族たちへのお披露目は、もう少し私が帝国に慣れた頃、皇宮で開かれるパーティーで行われるらしい。


「ユティスラート閣下とリリアーヌ様がお越しです」


 ここまで案内してくれた使用人がドア越しにそう告げると、すぐに中からドアが開かれた。緊張しつつフェルナン様と共に中に入ると……そこには、豪華な衣装を身に纏った四人のお方がいた。


 フェルナン様と共に部屋に入ったところで礼をすると、すぐに声が掛けられる。


「そのように畏まる必要はない。だからこそ謁見の間ではなく、ここを選んだのだからな」

「かしこまりました。父上、母上、兄上、マリエット、こちらが私の婚約者であり、のちに妻となるリリアーヌです」

「リリアーヌ・フェーヴルと申します。この度はフェルナン様と私の婚約を認めてくださり、大変感謝しております。至らない部分もあるとは思いますが、これからよろしくお願いいたします」


 フェルナン様の紹介の後にしっかりと挨拶をすると、皇族の皆様は優しく微笑んで私たちにソファーを勧めてくれた。


「リリアーヌ嬢、丁寧な挨拶をありがとう。私はこの国の皇帝であるレオポルドだ。隣にいるのは皇妃であり妻のヴィクトワール。そしてそちらの二人がフェルナンの兄妹で皇太子のエルキュール、妹のマリエットだ」

「ヴィクトワールよ。今日はあなたに会えて嬉しいわ」

「私はエルキュール。妻と子供もいるのだが、本日は来ていないため後で紹介させて欲しい」

「私はマリエットです。二人目のお義姉様ができて嬉しく思っています!」


 とても優しい雰囲気で返された挨拶に、感動して思わず泣きそうになり、ぐっと目元に力を入れる。


「はるばる帝国までよく来たな。私たちのことは家族のように思ってくれて良い。公式の場以外では名前で呼んでくれ」

「……よろしいのでしょうか」

「もちろんよ。フェルナンが選んだ方なら問題ないでしょう」


 本当にありがたく嬉しいわ……皆様からの信頼を絶対に裏切らないようにしなければ。私が皆様の信頼を裏切るということは、フェルナン様にもご迷惑がかかってしまう。


「ありがとうございます。ではレオポルド様、ヴィクトワール様、エルキュール様、マリエット様と呼ばせていただきます」

「そうしてくれ」

「それにしてもそのドレス、とても似合っているわ。その色が可愛らしいあなたにピッタリね」

「私もそう思っていました……! アクセサリーの付け方にもセンスがあります。そのお髪につけているのはベールでしょうか?」


 ヴィクトワール様とマリエット様が少しだけ前のめりになり、私の衣装を褒めてくださった。


 二人の表情に一切の嫌悪感はなく、お世辞を言っているような雰囲気でもない。やはり帝国では、私の容姿が問題にならないのね……良かったわ。

 大丈夫だろうと思ってはいても少し心配は残っていたから、やっと心から安心できた。


「ベールに宝石が散りばめられたものを、髪の纏めている部分に付けているのです」

「とても素敵ですね! 王国では流行っているのですか?」

「はい。ベールを髪に付けるのはよく行われていました」


 私はそのベールを髪に付けるのではなくて顔を隠すように使っていたけれど、帝国に来たのだからと思い切って今回は髪に付けたのだ。


「そうなのですね。私も真似して良いでしょうか?」

「もちろんです。可愛らしいマリエット様ならば、絶対に似合われるでしょう」

「ありがとうございます。さっそく仕立て屋に連絡しなければ」


 そう言って楽しそうに微笑まれるマリエット様は、とても可愛らしい。マリエット様もどちらかと言えば、美しいよりも可愛らしい容姿だ。何だか親近感が湧いてしまう。


「あなたのことはリリアーヌと呼んでも良いかしら」

「もちろんです」


 ヴィクトワール様の言葉にすぐ頷くと、私に向けて優しい微笑みを向けてくださった。


「あなたには本当に感謝しているわ。フェルナンは今まで色々とあって、女性を遠ざけていたのよ。このまま結婚しないのではないかと思ったわ」

「……そうだったのですか?」


 こんなに私に対して優しい人が、なんで女性を遠ざけていたのだろう。そういえば二十二歳という年齢で婚約者がいらっしゃらなかったのは何故だろうと、少し疑問に思っていたのだ。

 しかしフェルナン様と婚約ができ、とても楽しく幸せな毎日を送るうちにそんな疑問は忘れてしまっていた。


「フェルナンはこの容姿でしょう? それに身分もあるから、昔からたくさんの令嬢たちに言い寄られてきたのよ。かなり強引な方もいて、気づいたら女性を拒絶するようになっていたわ」

「母上……その話はお止めください」

「良いじゃない。これからずっと一緒にいるのならば、隠し事はないほうが良いわ」


 話の続きが聞きたくて、ヴィクトワール様のその言葉に頷く。


「リリアーヌも知りたがっているわよ」

「……そうなのか?」

「はい。もしフェルナン様がお嫌でなければ」


 過去の話、特に女性関係については何も知らないので、好奇心が上回ってしまう。フェルナン様がどのような人生を歩まれてきたのか、知りたいわ。


「リリアーヌがそう言うならば……分かった。話そう」


 それからは皆様が昔話に花を咲かせながら、フェルナン様のことを色々と話してくださった。

 過去のフェルナン様が女性から受けた被害を聞いて、今度はなぜ私のことを好きになってくださったのかと不思議に思う。


 媚薬を盛られたり毒を盛られたり、寝所に忍び込まれたり、ストーカーをされたり。フェルナン様の過去は、私の想像を超える壮絶さで言葉が出ないほどだった。


「こんな話は面白くないだろう?」

「いえ、私よりも……フェルナン様は大丈夫でしょうか。辛い過去を思い出させてしまい、申し訳ございません。それに何故そのような過去を持ち、私に求婚してくださったのですか?」


 私がそう質問をすると、フェルナン様は苦笑しつつ私の髪を手に取りそっと口付けた。

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