第15話 皇宮へ向かう日の朝

 帝都に来てから数日が経過した。ここ数日はフェルナン様の言葉通り、とにかくのんびりと過ごさせていただいたおかげで、使用人の方たちと親しくなることができ体調も万全だ。


 今日はフェルナン様と共に皇宮へ向かう予定となっているので、朝早くから準備を進めている。


「リリアーヌ様、ネックレスはどちらになさいましょう」

「そうね……今日のドレスにはこちらかしら」

「かしこまりました。では後ろ、失礼いたします」


 エメとクラリスが中心となり、豪華に美しく着飾られていく。ここまで着飾ったのは久しぶりで、なんだか嬉しいわ。


「リリアーヌ様、とてもお美しいです」

「はい。本当にこちらのドレスがお似合いです」

「フェルナン様は喜んでくださるかしら」


 このドレスは私のために、フェルナン様が用意してくださったものなのだ。一から仕立てる時間はないので既存のものを直したドレスだけれど、私にぴたりと合っている。


「絶対に喜ばれますよ。お髪には何かお付けいたしますか?」

「そうね……後ろのまとめている部分に、このベールを」

「かしこまりました」


 白くて小さな宝石がたくさん散りばめられたベールは、私の金髪にとても映えるのだ。ちなみにドレスは私の瞳の色と合わせた淡いピンクなので、ドレスとも良さを打ち消し合うことはない。


「完成いたしました。最後にもう一度姿見でご確認ください」


 今までは見るのが嫌で避けていた姿見に自分を映すと、そこには幸せそうな一人の女性が映っていた。今までの私と容姿は変わっていないはずなのに、なんだか前よりも素敵に見える。


 やはり自分に自信を持つことが大切なのかしら……今の私はフェルナン様のおかげで、以前よりは確実に自分のことを好きになれているから。


「どこか気になる部分がありますでしょうか」

「いえ、完璧よ。素敵に仕上げてくれてありがとう」

「そう仰っていただけると嬉しいです。リリアーヌ様をこうして着飾ることができるなど……本当に、嬉しく思います」


 エメが感激の面持ちでそう告げた言葉に、私は大袈裟だと笑いながら後ろを振り返った。


「これからは何度もこんな機会があるわ」

「はい。その度に全身全霊をかけて、素敵に仕上げることをお約束いたします……!」

「ふふっ、ありがとう」

「私もエメと同じ気持ちです。リリアーヌ様はとてもお可愛らしいので、着飾るのが楽しいです」


 クラリスが発したその言葉を聞いて、エメは瞳を潤ませながらガシッとクラリスの手を掴んだ。


「リリアーヌ様の素晴らしさを理解してくださる方がたくさんいて、私は幸せです……!」

「当然ですよ。誰が見ても魅力的な方ですから」

「そうですよね……!」


 なぜか二人が私の素晴らしさを語る時間が始まってしまった。私は二人の言葉一つ一つを嬉しく思いながらも、それ以上に恥ずかしくて会話に割って入る。


「二人とも、そろそろ時間ではないかしら」

「……そうでした。興奮してしまい申し訳ございません。ではエントランスへ参りましょう」


 それから楽しそうなエメと、いつも通りにこにこしているクラリス、さらには職務に忠実で真剣な表情を崩さない護衛のアガットと一緒に私室を出た。


 階段を下りてエントランスに向かうと、そこにはすでにフェルナン様が待っていた。


「リリアーヌ、とても似合っている」


 フェルナン様は私の姿を目にした途端に分かりやすく顔を輝かせ、階段の途中まで私を迎えに来てくれた。そんなフェルナン様の行動に恥ずかしさを覚えながら、差し出された手に手を乗せる。


「ありがとうございます」

「家族皆もリリアーヌの可愛らしさに驚くだろう」


 その言葉に笑顔で頷いたけれど、そこだけはまだ完全には信じられていない。

 容姿で全てを判断される王国の貴族社会がおかしいのだと、さらには私の容姿は帝国では褒められるものらしいと頭で理解はできているけれど、まだ実感が湧かない。


 成長してからは王宮に行けば嫌な目を向けられ、直接的な嫌味を投げかけられる日々だったものね……やはりまだその記憶は強く残っている。


「リリアーヌ、なんの心配もいらない」


 私の心の内が分かったのか、フェルナン様は私の手をギュッと強く握りしめ、穏やかな笑みを向けてくれた。


「……はい。フェルナン様のご家族に会えることを、楽しみにしていようと思います」


 フェルナン様の笑顔で嫌な記憶が頭の片隅に押しやられ、自然とその言葉が出てきた。するとフェルナン様は安心したように微笑み、私を馬車の中まで丁寧にエスコートしてくれる。


「では行こう」


 その言葉で馬車は、ゆっくりと滑らかに動き出した。

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