第14話 出迎えと夕食

 知らせを受けてエントランスに向かうと、ちょうど馬車からフェルナン様が降りられて、屋敷の中に入ってくるところだった。


「フェルナン様、お帰りなさいませ」


 少し恥ずかしさを感じながらもそう声を掛けると、フェルナン様は口に手を当ててその場で固まってしまう。


「どうされましたか……?」


 不安に思いながら問いかけると、フェルナン様はカツカツと早足でこちらに来られて、私のことをふわりと抱きしめた。

 皇宮へ向かっていたからか、今までとは違う香りがしてなんだか緊張してしまう。


「好きな人に出迎えられるのは、こんなにも嬉しいのだな」

「す、好きな人って……」


 直接その言葉を掛けられたのは初めてで、動揺してしまった。自分の顔が赤くなっているのが分かり、フェルナン様から少し離れて顔を両手で覆う。


「照れているのか?」

「……はい。まだ慣れなくて」


 なんとかそう言葉を返してフェルナン様の顔を見上げると、フェルナン様は楽しそうに微笑んでいた。そして何を思ったのか、私の耳にそっと手で触れる。


「リリアーヌはイヤリングやピアスを付けたことがあるか?」

「いえ、装飾品はあまり付けたことがないのです」


 装飾品を付けるようになる頃にはもう殿下の気持ちが離れていたし、とにかく目立たないようにと意識していたので、派手になる装飾品は付けなかった。特に顔回りのものは尚更だ。


「そうか、では今度イヤリングを贈ろう。リリアーヌにとても似合うはずだ」

「そうでしょうか……?」

「私が保証する。そうだ、一緒に店へと赴くのも良いか? リリアーヌも街並みを見てみたいだろう?」

「本当ですか!」


 街を歩いてみたいと思っていたので思わず前のめりで反応すると、フェルナン様はニコッと笑みを深めた。


「もちろんだ。では今度出かける予定を入れよう」

「ありがとうございます」


 それから私とフェルナン様は一度別れ、それぞれの私室で夕食まで休みを取ることになった。数十分ほどゆったりとした時間を過ごし、身支度を整えたら食堂へ向かう。


「リリアーヌ、とても綺麗だ」


 食堂に入るとすでにフェルナン様が奥の席に座っていて、エメが整え直してくれた髪型を見てそう仰った。


「ありがとうございます」


 席から立ち上がり私の下へ来てくれたフェルナン様のエスコートで、準備された席に着く。私の席は上座に座るフェルナン様の、斜め右前に位置する席だ。

 この席は一般的に当主の妻となる人が座る場所なので、少し緊張してしまう。


「ではさっそく夕食としよう」


 私が座って落ち着いたのを確認したフェルナン様がそう仰ると、給仕担当の使用人がワゴンを押して食堂に入ってきた。


 とても丁寧に食事の準備が進むのを見ていると、フェルナン様がこちらに笑みを向けて声を掛けてくれる。


「ゆっくり休めたか?」

「はい。セレスタンに頼んで屋敷内の案内をしてもらってから、私室で休みました」

「あの後また屋敷を回ったのか?」

「……そうですが、ダメでしたでしょうか」


 フェルナン様の顔が少し曇ったので不安に思い恐る恐る問いかけると、首を横に振ったフェルナン様は少しだけ拗ねた様子で私から視線を外した。


「不安にさせてすまない。……私が案内したかったと思っただけだ。それに疲れているだろう? そこまで無理をする必要はないのだからな」

「ふふっ……フェルナン様って、可愛らしい部分がありますよね」


 拗ねた様子のフェルナン様になんだか和み、ずっと口には出さなかった言葉がぽろっと溢れた。するとフェルナン様は表情を変えないまま、私をじっと見つめて口を開く。


「それは褒められているのか?」

「もちろんです。そういう部分を見ると癒されます……あっ、申し訳ございません。このようなことを言って」

「いや、私に対しては何を言ってくれても構わないが……やはり可愛いよりもカッコイイの方が嬉しいな」


 フェルナン様がそう呟いて視線を落としたところで、ちょうど食事の準備が済んだようだ。真ん中にメインのお皿がありスープや前菜などが横に並び、籠にパンが入れられている。


 食事は王国とほとんど変わらないみたいね。今まで学んできた作法が役立ちそうで良かったわ。


「正式なものだと一皿ずつ運ばれてくるのだが、それだとあまりにも時間が掛かってしまうので、屋敷では一気に並べてもらっている。リリアーヌもこの形式で構わないだろうか」

「はい。王国でも正式な食事会など以外では、このような簡易の形式が主流でした」

「そうか、それならば良かった。では冷める前にいただこう」


 まずはメインである肉料理にナイフを入れてみると、ほとんど力を入れなくとも切ることができる、とても質の良いお肉だった。

 煮込まれているソースと共に口に運ぶと、濃厚な味が口の中に広がる。


「とても美味しいです」

「それならば良かった。料理人も喜ぶだろう。そうだ、先ほど皇宮へ報告に行った話をしても良いだろうか」

「もちろんです」

「皆は無事にリリアーヌが帝都に到着したと聞いて、喜んでいた。母上など妹のマリエットと共に、これからリリアーヌへ贈る装飾品を選ぶのだそうだ」


 私はその話を聞いて、胸がいっぱいになりすぐには言葉を返せなかった。そんなに喜んでくださるなんて……今まではどこに行っても疎まれていたから、経験のない事柄に戸惑ってしまう。


「……皆様のお役に立てるよう、これから頑張ります」

 

 好意的に受け入れてもらえたのだから、役に立たなくては。そう思ってその言葉を発すると、フェルナン様は私に優しい微笑みを向けながら首を横に振った。


「別に頑張らなくとも良いんだ。リリアーヌはすでに頑張りすぎというぐらいに頑張っている。もちろんリリアーヌがやりたいことがあり、そのために努力をするのを止めることはない。しかし役に立たなくてはと焦る必要もない」

「……良いのでしょうか」


 今までずっと、役に立たなければ要らない存在になってしまう、そう思って生きてきた。だからすぐに考えを変えるのは難しいけれど……


 フェルナン様の優しい笑みを見ていると、なんだか体に入っていた余計な力が抜ける気がする。


「少し力を抜いて、この国を楽しみたいと思います」

「ああ、それが良い。私の好きな場所を案内させて欲しい。美しい場所や楽しい場所がたくさんあるのだ」

「楽しみです」


 フェルナン様と微笑みあって、それからの夕食はとても和やかに過ぎていった。

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