第13話 屋敷の案内と好きな食べ物
「セレスタン、これから時間はあるかしら?」
まだ私の部屋に残っていたセレスタンに声をかけると、すぐに柔らかい笑みを浮かべて頷いてくれた。私はその表情を見て、内心でほっと安堵する。
フェルナン様がいらっしゃらない場所でも、私に対して変わらず接してもらえて良かったわ。
「何かご要望がおありでしょうか?」
「ええ、もしよければ屋敷の案内をして欲しいの。できる限り早くここでの暮らしに慣れたいから。それから案内の途中で、他の使用人にも顔を見せたいわ」
「それは皆も喜ぶと思います。少し休まれてからでなくとも大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。馬車がとても快適だったもの」
私のその返答を聞くと、セレスタンはニコッと微笑んで部屋のドアを開けてくれた。
「ではご案内いたします」
それからセレスタンを先頭に私、クラリス、エメ、アガットと五人で屋敷の中を回ることになった。
ユティスラート公爵家の屋敷は皇帝陛下が威厳を見せるべきだと仰られたとの言葉通り、とても広くて豪華だ。
「リリアーヌ様もご存知の通り、今までこの屋敷には旦那様がお一人と使用人しか住んでおりませんでした。したがってここから先はすべて空き部屋となっております」
セレスタンが示したのは、私やフェルナン様の私室がある階だ。この階にある他の部屋は、基本的にすべて空き部屋らしい。
「皇帝陛下やフェルナン様のご兄妹のお部屋などはないのですか?」
「はい。皇宮から近いためご家族と会われる時には旦那様が皇宮に向かわれるため、こちらにご家族がいらっしゃったことはないのです」
確かにそうよね……皇宮まで馬車に乗れば数分の距離だ。わざわざこちらに部屋を準備する必要はないだろう。
「今までこちらのお屋敷はどこか寂しい雰囲気もございましたが、リリアーヌ様がいらっしゃったことにより華やかになった気がいたします。ありがとうございます」
「私の存在が良い影響を与えられているならば嬉しいわ」
それからも色々と説明を受けながら屋敷を巡り、場所ごとに使用人たちと軽く顔合わせをして、一時間かけて屋敷を回り終えた。
セレスタンに感謝を伝えて私室に戻ったら、部屋の中にはエメとクラリス、そして護衛のアガットだけだ。
「ふぅ、少しだけ疲れたわ」
「ごゆっくりと休まれてください。夕食まであと二時間ほどございますから」
「ありがとう。フェルナン様はそれまでにご帰宅されるかしら」
「本日はご報告だけですので、すぐにご帰宅されると思いますよ」
ふんわりとした笑顔で応えてくれたのは、新しいメイドのクラリスだ。クラリスはエメとは違った安心感があるわね……なんだかこの笑顔を見ていると和むわ。
「では夕食までの時間で、クラリスとアガットのことを聞いても良いかしら」
「もちろんでございます。どのようなことをお聞きになりたいでしょうか」
「そうね……では、好きな食べ物を聞かせてくれる?」
二人の生まれや身分なども気になるけれど、それは仲良くなってから知っていけば良いと思いそう問いかけると、二人は少しだけポカンと固まってから、楽しそうな笑みを浮かべた。
「かしこまりました」
「リリアーヌ様は面白いお方ですね。ではまずは私から。好きな食べ物は……辛いもの全般です。香辛料がたっぷりと使われた牛肉の煮込みなどは特に好みですね」
まず応えてくれたのは護衛のアガットだ。好きなものがキリッとした見た目の印象通りね。
「今度アガットおすすめの辛い料理を食べてみたいわ」
「リリアーヌ様も辛いものがお好きなのですか?」
「ええ、たまに食べたくなるわ」
最初は嫌がらせで私の料理だけ辛くされたのが発端だけれど、それから何度も辛いものを食べるうちに、あの刺激にハマってしまったのだ。
今では自ら辛いものを食べたいなと思うことも多い。
「では美味しいものを厳選し、リリアーヌ様にご提供いたします」
「ありがとう、よろしくね。クラリスは何が好きなの?」
「私はアガットとは違い、甘いものが好きです。特にケーキを食べている時は幸せになれます」
「甘いものも美味しいわよね」
クラリスもふわふわした見た目通りの好物だった。二人の好きなものを私も食べることができて良かったわ。
酸っぱいものや苦いものと言われたら、私は苦手だったから。
「リリアーヌ様も甘味を召し上がられますか?」
「ええ、もちろんよ。私は特にクッキーが好きなの」
王太子の婚約者として王宮にいる時に、良くおやつとして出されていたのだ。そのクッキーが美味しくて、いつも楽しみにしていたのは数少ない王国での良い記憶ね。
「ではクッキーをたくさん取り寄せましょう」
「ありがとう」
それからも皆と話をしているとすぐに時間は過ぎていき、フェルナン様がご帰宅されたとの知らせが入った。
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