第2章 婚約者編
第12話 帝国へ
ユルティス帝国の帝都に到着するまでの道中は、とても幸せなものだった。フェルナン様とたくさんの話をして仲を深め、途中の街では観光も楽しんだ。
そうして一週間ほどの日々を過ごし、現在の私たちはユティスラート家の敷地内に入ったところだ。
「とても広いのですね……」
「私はもっと狭くても良いと言ったんだが、父上と兄上が公爵家なのだから権威を見せなければいけないと譲ってくれなかったんだ」
「フェルナン様は愛されていますね」
ここまでの道中でフェルナン様のご家族、皇族の方々の話を聞いたけれど、とにかく信じられないほどに仲が良いということが分かった。
フェルナン様のお父上である皇帝陛下は側室を持たず、皇妃様を深く愛しておられるらしい。そして子供はフェルナン様を含めて三人。ご長男が皇太子であらせられ、フェルナン様が騎士団長であり公爵、そして妹さんはまだ若く皇宮で暮らしているのだそうだ。
「リリアーヌのことも絶対に皆が好きになるはずだ。顔合わせの時を楽しみにしていると良い」
「はい。お会いできる時が楽しみです」
「ただその前に屋敷の使用人に顔見せをしなければな。皆が待っている」
フェルナン様がそう言って窓の外に視線を向けたのでそっと覗いてみると、エントランスに十人を超える使用人が並んで待ってくれていた。
「皆さん、フェルナン様のことを慕っておられるのですね」
「ああ、よく仕えてくれる者たちだ。リリアーヌもすぐに仲良くなれるだろう」
馬車が止まってドアが開くと、まずはフェルナン様が外に出て、私に手を差し出してくれた。
その手を取って緊張を抑えるために深呼吸をしてから、フェルナン様に笑みを向けた。
「では行こう」
「はい」
エスコートをしてもらい使用人の皆さんの前に向かうと、フェルナン様が頭を下げている全員を見回してから口を開く。
「皆の者、出迎えありがとう。顔を上げてくれ。――さっそくだがこちらが私の婚約者となったリリアーヌだ。これからは私に対してと同様、リリアーヌにも仕えて欲しい」
「リリアーヌ・フェーヴルと申します。ユルティス帝国についてはまだ知らないことばかりですので、色々と教えていただけたら嬉しいです。これからよろしくお願いします」
最初なので丁寧に挨拶をすると、誰もが私の言葉をしっかりと聞いてくれて、柔らかい笑みを見せてくれた。そんな反応をしてくれることに感動して、思わず泣きそうになってしまう。
侯爵家では使用人にさえ無視されることがほとんどだったから、反応してもらえるだけで嬉しいわ。それもこんなに優しい対応を。
「ではリリアーヌ、屋敷の中を案内しよう」
「ありがとうございます」
それから広い屋敷の一部だけをゆっくりと案内してもらい、今日は初日で疲れているだろうからと、早い段階で私の私室となる部屋に向かった。
私の部屋は婚約者とはいえ将来的に妻になるということで、フェルナン様の私室と繋がっている一室だった。しかし正式な結婚をするまでは、部屋同士を直接繋ぐドアには鍵が掛けられるらしい。
「どうだろう。不足はないか?」
「はい。とても素敵なお部屋を準備してくださり、ありがとうございます」
「そう思ってもらえたのならば良かった。ではソファーに座ろう。主要な使用人と、リリアーヌの専属となる護衛とメイドを紹介する」
フェルナン様と隣同士でソファーに腰掛けると、向かいのソファー横に三人の使用人がずらっと並んだ。ちなみにエメは私の斜め後ろにいて、フェルナン様の斜め後ろには専属の従者であるジョスがいる。
ジョスとはここに来るまでの道中で関わりがあり、仲良くなることができた。
「リリアーヌ、まずは一番左の者だが、ユティスラート家の執事であるセレスタンだ。何かあればメイドでも良いし、セレスタンに伝えるのでも構わない」
「セレスタンと申します。リリアーヌ様にお会いできたこと、とても嬉しく思っております。これからよろしくお願いいたします」
セレスタンは五十代ほどに見える壮年の男性だ。とても優しそうな柔らかい雰囲気で、自然と頬が緩む。
「セレスタン、これからよろしくね。色々と教えてもらえると嬉しいわ」
「丁寧にありがとうございます。リリアーヌ様が心地よく過ごせるよう、お力添えをさせていただきます」
「では次に真ん中の者だが、こちらはリリアーヌの専属メイドにと考えている。エメはまだこの屋敷や帝国の貴族社会に慣れていないため、早急にもう一名のメイドを選定した」
フェルナン様のその説明に一歩前に出た女性は、私と同じか歳下に見える可愛らしい人だった。なんだかふわふわとしていて、癒し効果がありそうだ。
「クラリスと申します。リリアーヌ様、これからよろしくお願いいたします」
「クラリス、よろしくね。エメと仲良くしてくれると嬉しいわ」
「もちろんです。エメさんもよろしくお願いします」
「はい。こちらこそ、色々と教えていただければと思います」
エメとクラリスも軽く挨拶をしたところで、最後の女性だ。
「最後は名をアガットと言う。リリアーヌの専属護衛として、これからは働いてもらう予定だ。もちろん護衛が一人では足りないので我が家の兵士が順に護衛をするが、アガットには専属となってもらう」
「アガットと申します。リリアーヌ様が不安なく過ごせるよう、力を尽くさせていただきます。これからよろしくお願いいたします」
アガットはクラリスとは違い、とてもキリッとした雰囲気のカッコいい女性だ。実家ではここ数年は専属護衛が付いていなかったから、なんだか久しぶりに感じる。
「アガットもこれからよろしくね。頼りにしているわ」
「はっ、お任せください」
そこで全員の紹介が終わり、私はこのまま休憩することになった。フェルナン様はこれから帰還の挨拶に向かわれるのだそうだ。
「リリアーヌは数日後に皇宮へ向かってもらうことになるだろうから、それまではゆっくりと過ごしてほしい。何かあったら言ってくれ」
「はい。様々なご配慮、ありがとうございます」
「ではまた夕食の時に」
フェルナン様はそう言うと、忙しそうに部屋を出て行かれた。
騎士団長であり公爵でもあるフェルナン様はかなりお忙しいでしょうから、私はお手を煩わせないようにしなければ。
まずは……ここでの暮らしに早急に慣れることが先決ね。
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