第9話 甘い再会
豪華な馬車だったこともあり、長時間の馬車移動にも関わらず快適に過ごすことができた私たちは、無事に王都へと到着していた。
街中の大通りをゆっくりと進み、フェーヴル侯爵家の屋敷に向かう。馬車移動が予想以上に円滑に進んだため、パーティーまではまだ一日ほどの時間があるので、今夜は屋敷に泊まることになったのだ。
そして明日は侯爵家の屋敷で準備をして、パーティーに向かう。
もう帰ってくることはないと思っていた屋敷の外観を何気なく見つめていると、エントランスに人影があるのが見えた。
私の帰宅を誰かが迎えてくれたことなんて、ここ数年はなかったのに。メイドや下働きの者たちかしら………え、あの服装は、もしかして――
――お養父様とお養母様?
「何で私の出迎えなんて……」
思わずそう呟いてしまうと、私の向かいに座っていたエメが静かに口を開いた。
「お嬢様がユティスラート公爵の婚約者となることが決まったからでしょう」
「……そういうことね」
娘の帰還を喜んでいるのではなく、私を通してユティスラート様との繋がりを作りたいのね。今までならばお養父様とお養母様には逆らえなかったけれど……もう、良いかしら。
私はこの家を、そしてこの国を出るのだから。報復されることを恐れる必要がないのなら、従う意味もない。
馬車が止まってドアが開けられたので、そこから殊更優雅さを強調しつつ外に出た。するとお養父様とお養母様は、信じられないほどに満面の笑みを向けてくる。
「リリアーヌ! 無事に帰ってきて良かった!」
「大切な体なのだから荷物なんて持ってはダメよ」
お養父様の無事に帰ってきて良かったは、帝国との関係構築に使える道具がちゃんと戻ってきて良かったという意味だろう。そしてお養母様の言葉も、その道具を傷つけるなという意味だ。
「――お養父様、お養母様、疲れているので退いていただけますか?」
もうこの二人と一言も話したくなくて、二人を避けて屋敷の中に入った。僅かに振り返ると、二人は呆然と立ち尽くしているようだ。
私がこんな態度を取るなんて考えていなかったのかしら。私からしたら、考えていない方が不思議だわ。あんなに馬鹿にして蔑んでいたのに、よくこんなに手のひら返しができるわね。
何だか悲しさよりも怒りが湧いてくる。辺境での数週間が、私を強くしてくれたのかもしれないわ。
「エメ、私室に行きましょう」
「かしこまりました」
部屋に入るとそこは、私がこの屋敷を去った時から何も変わっていなかった。あまり良い思い出はないけど、懐かしいという感情は湧いてくる。
「お嬢様、お茶をお淹れいたしますか?」
「ええ、お願いしても良いかしら」
「もちろんでございます。またお嬢様に美味しいお茶をお淹れすることができ、大変感激しております」
「ふふっ、大袈裟よ。これからはずっとお茶を淹れてもらうのだから、頼んだわよ」
エメのことは帝国に連れていくつもりだ。他国への輿入れにメイドや護衛を連れていくのはよくあることだから、反対はされないだろうと思っている。
「一生お仕えいたします」
「ありがとう」
それから私は明日のためにエメによって過剰なまでに磨き上げられて、その疲れと馬車移動による疲れから暗くなった頃には眠りに落ちていた。
そして次の日の朝。早朝から準備をして、お養父様とお養母様が用意してくれていた豪華なドレスに身を包み、馬車でパーティー会場に向かった。
馬車の中には二人がいるけれど、今日でこの家族ともお別れだと思うと心は穏やかだ。
ちなみにアメリーは朝早くに王宮へと向かった。アドリアン殿下の婚約者として、王族側でパーティーに出席するためだ。
「リリアーヌ、もう少し着飾った方が良いのではないのか?」
「そうよ。ユティスラート様があなたを見て冷めてしまったら大変だわ。もっと顔を隠すようにベールを付けたり、高いヒールを履いて身長を高く見せたり……」
「私はこれで良いのです」
今までは何とか容姿を見せないようにと気を付けていたけれど、もうそれは止めることにしたのだ。ユティスラート様は素の私を見て美しいと仰ってくださった。
それならば……その言葉を信じてみようと思う。
それからは誰も口を開かない無言の時が過ぎ、私たちはパーティー会場に到着した。今日はユティスラート様の要望で私が一番最後の到着となるらしく、すでに会場内には全貴族が集まっている。
会場の入り口にいる騎士によって、私と一緒に入場しようとしていたお養父様とお養母様が半ば無理やり会場内に連れていかれ、それから数分後に大きく扉が開かれた。
すると会場の奥にある壇上に、一際美しい男性がいるのが見える。黒髪に白を基調とした衣装がとても似合っているその男性は――
「ユティスラート様……」
思わず名前を呟くと、壇上のユティスラート様が優雅に階段を降り、私の下までやって来てくれた。
「リリアーヌ嬢、また会えて嬉しく思う。……やはりあなたはとても美しいな」
「……ありがとう、ございます」
嬉しい気持ちに素直になって、謙遜せずに褒め言葉を受け入れると、ユティスラート様は私に手を差し出してくださった。その手を取ると、自然に私のことを会場内にエスコートしてくれる。
何だか、宝物を扱うみたいで恥ずかしいわ。こんな丁寧な扱いをされた記憶がなくて、戸惑ってしまう。
「ここに来てくれたということは、婚約を受けてくれると思っても良いのか?」
「……はい。そのつもりで来ました」
「そうか、ありがとう。……嬉しいな」
私に顔を向けて照れたように微笑むユティスラート様は、光り輝いていると錯覚するほどに素敵だ。
「私もユティスラート様が迎えに来てくださって、とても嬉しく思っています」
恥ずかしいけれど勇気を持って伝えると、ユティスラート様は僅かに瞳を見開いてから、頬を緩めて私のことを見つめてくれた。
「リリアーヌ嬢もそう思ってくれていて良かった。……そうだ、私のことはフェルナンと呼んでくれないか? 家名では他人行儀だろう? それにいずれは、リリアーヌ嬢も同じ家名になるのだから」
「た、確かに……そうですね。では、フェルナン様と」
「――名前を呼ばれるのがこんなに嬉しいのは初めてだ。私もリリアーヌと呼んでも良いか?」
「はい、もちろんです」
そこまで話をしたところで会場の奥まで辿り着き、フェルナン様に促されて壇上に登った。そこにはアメリーを含めた王族の方々がいるけれど、フェルナン様は軽く会釈をするのみに留め、会場全体を振り返る。
王族の皆様はそんなフェルナン様の態度に何も言えないようだ。やはり帝国の力は強大なのね……
そんなことを考えながら会場全体を満遍なく見回していると、陛下が一歩前に出てパーティーの開始を宣言した。
「これより、ユティスラート公爵の歓迎パーティーを開催する!」
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