第8話 王都からの知らせ

 ユティスラート様がいらしてから数週間が経過した。私とエメはこの小屋での生活にもやっと慣れてきて、今週は穏やかにお茶を飲む時間を確保することができたほどだ。


「お嬢様、私は買い物に行って参ります」

「分かったわ。今日もよろしくね」

「かしこまりました。お嬢様は安全のため、小屋から出ないようにしてください」

「ええ、気をつけるわ」


 そんないつも通りのやり取りをしてエメが玄関ドアに手をかけたところで、外からドアがノックされた。


「……誰かしら」


 もう私を亡き者にしようと刺客が送られてきたのか。そんなことを考えてしまい、緊張で手が少し震える。


「お嬢様、お下がりください」


 そんな私の様子を見て、エメが護身用のナイフを手にバッと勢いよくドアを開いた。するとそこにいたのは……豪華な衣装を身に纏った高貴な男性だ。


 このお顔は、確か宰相補佐のお一人だわ。なぜこんなところにいらしたのかしら。


「怖がらせてしまっただろうか。突然の訪問になり、申し訳ない」

「いえ、こちらこそ刃物を向けるような真似をしてしまい、大変申し訳ございません」


 私の言葉に続いて、エメがナイフを仕舞って深く頭を下げた。


「気にする必要はない。リリアーヌ嬢が置かれた環境を思えば、警戒するのも仕方がないことだ。本日はリリアーヌ嬢に陛下からの手紙を預かってきたのだが、入っても良いだろうか」

「陛下から……どうぞ、何のおもてなしもできませんがお入りください」

「ありがとう。失礼する」


 なぜ陛下が私に手紙を書かれたのかしら。あの婚約破棄に陛下は関わっておられないようだったけれど、私の現状をどうにかしようと動いてくださるほど、私に対する好意はなかったはずだわ。


 そうなると、何か悪い知らせかもしれないわね。


「お手紙を届けてくださり、ありがとうございます。すぐに拝見した方が良いでしょうか」

「ああ、今後の動きに関わることが書かれているので、すぐに読んでほしい」

「かしこまりました」


 緊張しつつ封を切って中の手紙を開くと……そこには陛下の直筆で、信じられないことが書かれていた。


 ――ユティスラート様から、正式な婚約打診が来たなんて。


 まさか求婚が本気だったなんて、思ってもいなかった。てっきり社交辞令だと……


「そちらに書かれているように、リリアーヌ嬢に帝国のユティスラート公爵から婚約の打診が来ている。従って今すぐに王都へ戻ってもらいたい。公爵はすでに我が国へ向かっておられるようなので、今すぐに戻ってなんとか歓迎のパーティーに間に合うかどうか……という状況だ」


 え、もう我が国に向かっておられるの!?


 ユティスラート様、さすがに急ぎすぎじゃないかしら。でも急いでいる理由が、私を早く助け出したいという気持ちからなのだとしたら……嬉しいわ。


「かしこまりました。すぐに準備します」


 この打診を断るなんてことはできないし、私の気持ちとしても嬉しく感じているので、すぐに王都行きを了承した。


「エメ、荷物をまとめなさい」

「かしこまりました」


 それから十分ほどで荷物をまとめ終えた私たちは、数週間過ごした小屋を出て迎えの馬車に乗り込んだ。馬車は王族の方々が乗るような、国で一番と言っても過言ではない豪華な馬車だった。




 ♢ ♢ ♢




「アメリー、それはどういうことだ!?」


 王宮で衝撃的な婚約打診を聞いた私は、陛下に両親への伝言を頼まれ、屋敷に戻ってすぐにお父様のところへ向かった。するとちょうど執務室にはお母様もいて、二人に先ほど聞いた事柄を伝える。


「正式な書状が来ておりました。帝国のユティスラート公爵から、あの姉に婚約の打診です……」

「な、なぜそのようなことに」

「あなた、あの娘は帝国の公爵と繋がりがあったのですか?」

「そんなのあるはずがないだろう!」


 混乱している二人に姉が公爵様を助けた経緯を伝えると、二人は話を聞くにつれて混乱を脱したようで、ニヤッと楽しそうな笑みを浮かべた。


「これは、チャンスだな。我が侯爵家の地位を向上させることができるぞ」

「あの醜い娘も役立つことがあるのね」

「アメリー、公爵は我が国に来るのだな」

「……はい。陛下が歓迎のパーティーを開かれると」

「よしっ、そこで絶対に友好関係を築くぞ! まずは当日の衣装を今すぐ誂えなければ」

「そうね。仕立て屋を呼びましょう」


 お父様とお母様はもう私のことなんて目に入らないようで、二人で執務室を出て行ってしまった。


 いつもいつも姉は私のことを踏みにじるわ……私の方が絶対に美しいのに! 姉がアドリアン殿下に見初められたあのパーティーだって、本当なら私が主役だったはずなのよ!


「……また奪ってみせる。公爵様だって、美しい私の方が良いはずだわ」

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