第7話 一方その頃の王宮では(妹・王太子視点)

「アメリー様、全く知識が足りておりません。王太子妃、そしてゆくゆくは王妃になるのですから、もっと学んでいただかなければなりません」


 私の目の前にいるのは、姉であるリリアーヌの教育係をしていた女だ。本当は別の教育係を願う予定だったのに、陛下が婚約破棄騒動を起こした殿下と私への罰ということで、意見を通してくださらなかった。


 殿下の婚約者が醜い姉から美しい私に変わって陛下も喜んでおられるはずなのに、なんで罰なんか受けなければならないのかしら。


 いくら醜いとはいえ幼少期からの婚約者を捨てるのは外聞が悪いだとか、形だけの王妃にして側室と子供を作れば良かったとか色々と言われたけれど……そんなの嫌に決まってるじゃない。


 あの姉が王妃で私が側室なんてあり得ないわ。やはり殿下のご提案で、あの場での婚約破棄宣言という形を選んだのは正解だったわね。

 もし正当な婚約破棄手続きを考えていたならば、確実に陛下は認めてくださらなかったでしょう。


「しかし、こんなにも急いで詰め込む必要はないのではないかしら?」

「いえ、リリアーヌ様はこれら全てを数年前には学び終えておりました。アメリー様も急がなくてはなりません」


 はぁ……この教育係、何かとリリアーヌはもっとできたとうるさいのよね。もしかして、姉が洗脳でもしたんじゃないかしら。


 もしそれが真実ならば大変だわ。さすがに陛下もそんな教育係はクビにするでしょうし……まずは殿下に洗脳の可能性を伝えるべきかもしれないわね。

 ええ、それが良いわ、そうしましょう。


「分かりました。しかし今日はここまでにします。私はアドリアン殿下のところに行かなければなりませんの。教育よりも殿下と仲を深めることの方が大切でしょう? 私はお世継ぎを産まなければならないのだから」


 そう伝えて椅子から優雅に立ち上がると、教育係の女はしばらく無言で私のことを見つめてから……軽く溜息を吐いて視線を逸らした。


 なんなのよその態度……! 


 いいわ、あんたなんかすぐクビにしてやるんだから。陛下だってこの現状を知れば、すぐに別の教育係を選定してくださるはずよ。


「かしこまりました。では続きは明日にいたしましょう」


 こちらに視線を向けずにそう言った教育係の女を睨みつけ、殿下の執務室に向けて部屋を後にした。



 ――もうこの国はダメね。リリアーヌ様はとても聡明で才能に溢れていて、あのお方がいたからこそ馬鹿な王太子殿下でも仕事が回っていたというのに。容姿なんてさほど重要ではないと、なぜ誰も気づかないのかしら。

 私もこの国を出た方が良いかもしれないわね……




 ♢ ♢ ♢




「おい、なぜ私の仕事がこんなに溜まっているんだ!」

「恐れながら申し上げますと……今まではリリアーヌ様が半数の仕事を引き受けてくださっておりまして……」


 文官の口から出たリリアーヌという言葉にイラッとして、思わずテーブルを殴りつけてしまう。


「リリアーヌ、リリアーヌ、リリアーヌ、何度もあの醜い女の名前を呼ぶな! あの女にできたことぐらいお前たちにできないわけがないだろう!? さっさとあの女の分も仕事をしろ!」


 ここ数週間で何度あの女の名前を聞いたか。本当に役に立たない文官ばかりだ。父上から罰を受け、しばらくは王宮から出ることもできない現状にも苛立ちが募る。

 

 父上も酷いお方だ。私にあの醜い女を娶るべきだったと仰るなんて……自分は綺麗な母上を王妃にしたくせに。


「殿下、こちらの確認をお願いできればと……」

「なぜこんなに多いんだ!」

「わ、私たちでは確認できない事例なのです。今まではリリアーヌ様が、殿下の代わりに確認をしてくださっていたのですが……」

「その名前を呼ぶなと言っただろう!?」


 この文官たちは大丈夫なのだろうか。ここまでリリアーヌの名前を出すなど……洗脳でもされているのではあるまいな。

 もしそうならば大変なことだ。早急に文官を総入れ替えしなければいけない。


「もう良い、早く寄越せ!」

「かしこまりました。よろしくお願いいたします……」


 それから山のように積まれた紙束を確認していると、執務室のドアがノックされてアメリーが入ってくる。

 美しいアメリーの姿を見るとイライラが少し静まるな。やはりリリアーヌとは違う。


「アドリアン様、緊急のご相談がございます」


 アメリーが真剣な表情でその言葉を発したので、私は文官を全て部屋の外に出してアメリーの話を聞くことにした。


「どうしたんだ?」

「私の教育係に関することなのですが……姉の影響を強く受けているようなのです。もしかしたら洗脳されているのではないかと、少し心配しております」


 アメリーが発したその言葉を聞いて、私はリリアーヌの影響力の強さに思わず溜息を溢してしまった。


「……そちらもか。こちらでも文官が影響を受けていて、今後の対策を考えていたところだ」

「まさか、文官にまで悪影響が?」

「ああ。本当にあの女は、私の邪魔ばかりしてくれるな……」


 これからどうすれば良いだろうか。やはり陛下に進言するのが一番か……あの女が洗脳までしていたとなれば、私たちが行った婚約破棄が正しかったと陛下も認めてくださるだろう。


「アメリー、これから共に陛下のところへ行こう」

「かしこまりました。お供いたしますわ」

「ありがとう」


 それから二人で陛下の執務室へ向かうと、そこは予想していたのとは全く違う様相を呈していた。誰もが慌てた様子で動き回っていて、私とアメリーが来たことにも気づいていないようだ。


 奥にある執務机に座っている父上は、青白い表情で何かの書状をじっと凝視している。


「……父上、どうかされたのですか?」


 父上から不穏な気配を感じて恐る恐る問いかけると、私の声にガバッと顔を上げた父上は、こちらを強い瞳で睨みつけてきた。その瞳に気圧されて、思わず一歩後退ってしまう。


「アドリアン……お前はなんてことをしてくれたんだ!」

「な、何のことで、しょうか」

「リリアーヌ嬢との婚約を破棄したことだ! この書状を見ろ!」


 そう言って突きつけられた書状はとても豪華なもので、一目で我が王国よりも大国からのものだということが分かった。


 差出人は……て、帝国のユティスラート公爵!? うちなんてすぐに潰されてしまうほどの大国からじゃないか。それもその中で皇帝、皇太子に次いで権力を持つお方だ。


 緊張しつつ内容に目を通すと、そこには信じられない事柄が書かれていた。


「リリアーヌを婚約者に……? それにこの文言は……」

「リリアーヌ嬢のような才能を持つ女性が理不尽に婚約を破棄され、さらには辺境に押しやられるような国とは今後の関係を見直す必要があると書かれている……どうしてくれるんだ!」

「み、見せてください!」


 アメリーが慌てた様子で私の手の中にある書状を覗き込み、顔を歪めた。やはりアメリーも我が国を憂いてくれているのか……さすが王妃に相応しい。


 ――あの醜い姉がなんで帝国の公爵様に見初められるのよ!? せっかく姉からアドリアン様を奪ったっていうのに、私の方が負けることになるじゃない!


「これから、どうするのですか……?」

「断れるわけがないのだから、これからすぐに歓迎パーティーの準備をするに決まっているだろう! そしてリリアーヌ嬢も今すぐ王都に呼び戻す。できる限りリリアーヌ嬢への対応を良くし、ユティスラート公爵への印象をよくするしかあるまい」


 まさかこんなことになるなんて……リリアーヌとの婚約を破棄したことは、間違いだったとでも言うのか。


「な、なぜ、ユティスラート公爵がお姉様を……」

「もう一枚の書状に書かれてある。辺境で魔物に襲われ瀕死だったユティスラート公爵を、稀有な光魔法で助けたのだそうだ。……アドリアン、お前はリリアーヌ嬢が瀕死を治せるほどの光魔法が使えると知っていたか?」

「――い、いえ」


 そういえば、以前に光魔法を見せてくれたことがあったな。あの時に碌に確認もせず、女が光魔法を使えたって意味がないと突き放したんだ。

 あの頃はリリアーヌが醜くなり始めていて、毎日イライラしていて……


「心当たりがあるのか?」

「……少し」

「なぜそれを報告しないのだ……! はぁ、まあ良い。もう今更仕方がないことだ。とにかく今は目の前の歓迎パーティーで、絶対に粗相のないようにするんだぞ!」

「かしこまり、ました」

「……かしこまりました」


 それから私たちは教育係と文官に関する話をできぬまま、父上の執務室を後にした。

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