第5話 突然の求婚(フェルナン視点)
「お、お嬢様……!」
小屋から外に出てこちらに視線を向けたその女は、私たちのことを視界に入れた瞬間に懐からナイフのようなものを取り出し、こちらに駆けてきた。
しかしその姿はとても拙いもので、この女が護衛の類ではないことが窺える。メイドといったところだろうか。
「エメ、この方たちは敵ではないわ! ナイフを仕舞いなさい!」
駆けてくる女はリリアーヌ嬢の言葉を聞くと、まだこちらを警戒しながらもナイフを下ろした。
「お前たちも殺気を仕舞え」
「かしこまりました」
そうして双方が敵意を収めたところで、リリアーヌ嬢の近くまで女がやってきた。まだ歳若く、垢抜けていない様子から平民のメイドに見える。
「お嬢様、この方たちは……」
「この森へと遠征に来ていらした、ユティスラート公爵閣下とその部下である騎士の皆様よ」
リリアーヌ嬢が私たちについてそう説明すると、女は一瞬にして自分がしでかしたことを理解したのか、その場に跪いた。
跪くということは、やはり貴族に縁のある者ではなさそうだな。
「……た、大変失礼いたしました! お嬢様を狙う輩だと思い込んでしまい……罰ならば私が受けますので、どうかお嬢様にはご容赦を!」
「いや、この状況ならば誤解するのも仕方がない。リリアーヌ嬢はもちろん、君も罪には問わないから安心してくれ」
「寛大なご処置に、感謝申し上げます」
「私からも謝罪をさせてください。メイドの無礼、大変失礼いたしました。そして寛大なお心に感謝いたします」
そこで話が途切れたところで、私はまた一つリリアーヌ嬢に対する疑問を抱いた。ここまで騒ぎが起きているならば、小屋の中にいて気づかないということはないはずだ。
ということは、この小屋にはメイドしかいないことになる。
こんな森の中の小屋に、侯爵令嬢がメイドを一人だけ連れて夜にいるなど……やはり何か普通ではない理由があるに違いない。
護衛もいないということは、運が悪ければ魔物に襲われて一瞬にして命を散らしてしまう。そんな現状を見過ごせない、見過ごしたくはない。
「リリアーヌ嬢、先ほどの話に戻るが、命を助けていただいて礼もしないというのは、公爵としても騎士団長としても道理に反することだ。貴国の王宮を通してフェーヴル侯爵家へ礼品を送るので問題ないだろうか」
「……いえ、それは困ります」
――お養父様とお養母様に此度のことが知られたら、女のくせにでしゃばるなと叱られてしまう。逃げ出そうとしたのかと勘繰られるかもしれない。そうなれば……予定よりも早くに刺客が送られてくるだろう。
「ユティスラート様、どうか私のことはお忘れください」
先ほどと同じ提案をしたが、やはりすぐに断られてしまった。ここは少しぐらい強引にいくべきか……
「しかし、私としても礼をしないわけにはいかない。リリアーヌ嬢も貴族ならば分かってほしい」
「それは、分かるのですが……」
「何か事情があるのだろうか。もしよければ聞かせてはくれないか? 貴方のような才能に溢れた方が、こんな場所にいるのを見過ごしたくはない」
それから自分でも驚くほどに一歩も引かずリリアーヌ嬢を説得していると、緊張の面持ちでメイドが口を開いた。
「無礼を承知で進言させていただきます。お嬢様、全てを話されてはどうでしょうか。公爵閣下はお嬢様のことを高く評価してくださっています。お嬢様はそのようなお方の手を取るべきです。お嬢様を虐げて捨てるような国に義理立てする必要はありません。……それに、このままここにいては、お嬢様は長くても数年以内に神の下へ向かうことになるでしょう」
メイドのその言葉を聞いたリリアーヌ嬢はしばらく悩み、しかし数分後には決意を秘めたような瞳で私のことを見上げた。
「分かったわ。……ユティスラート様、少し長い話になりますが聞いていただけますか?」
「もちろんだ」
それからリリアーヌ嬢に聞いた話は、到底信じられないものだった。容姿でそれほどに虐げられ、さらには女性というだけでここまでの才能を埋もれさせてしまうなど……あり得ない。
リリアーヌ嬢はペルティエ王国にいてはいけないお方だ。我が国ならばその才能を存分に発揮することができるし、さらには容姿で差別されることもないだろう。
そもそもリリアーヌ嬢の容姿は、とても可愛らしく美しいものだ。
これからどうするか……悩んだ私の頭に、一つの名案が浮かんだ。
「リリアーヌ嬢、私と婚約してくれないだろうか?」
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