第4話 治癒と光魔法の才能(フェルナン視点)
先ほどから目の前で起こっている出来事は、本当に現実なのだろうか。
この世のものとは思えない幻想的な湖に辿り着いたと思ったら、そこにいた女性が皇宮魔術師でもあり得ないほどの光魔法を使い、私の酷い怪我を治してくれた。
光の蝶を作り出すなど、見たことも聞いたこともない。これが現実ならば、他国にも名が知れ渡るような高名な魔術師であるはずだが……私はこの女性の存在を全く知らない。
王国が隠していた? しかしこの女性は、自らの実力を正確に認識していないようだ。さらに私に対して躊躇いなく魔法を行使してくれた。
隠されている王国の魔術師ならば、そのようなことにはならないだろう……それに女性は魔術師というよりも、とても高貴な身分であることが予想される。
服装はそこまで派手ではないが、指先まで意識されたような洗練された身のこなしは、明らかに平民ではない。貴族の中でも高位の貴族に違いない。
貴族家のご令嬢だから、魔法を表立って使うようなことはなかったのだろうか……しかしそのような身分ならば、暗い夜にここへ一人で水を汲みに来ているのがおかしい。
「あなたは、リリアーヌ嬢だったか?」
「はい。リリアーヌでございます」
「私は今、とても混乱しているのだが……」
思わず素直な胸中を溢すと、リリアーヌ嬢はそんな私の言葉を聞いて微笑みを浮かべてくれた。
――とても、美しいな。
そういえば、リリアーヌ嬢は先ほどから私の顔を見ているが、大きな反応を示していない。暗いから見えない……ということはないだろう。私からリリアーヌ嬢のことがよく見えるのだから。
私の容姿を見ると、女性は誰もが擦り寄ってくるというのに。ましてや今回はリリアーヌ嬢が、私の命の恩人だ。恩を盾にして迫ってこられてもおかしくはない。
しかしリリアーヌ嬢は、一歩引いた距離感のまま優雅に微笑むだけだ。
このような女性もいるのだな……私はリリアーヌ嬢に好感を持ち、もっと彼女のことを知りたいという気持ちが胸に芽生えたのに気づいた。
「フェルナン様はどうしてこちらへ?」
「私は魔物討伐の最中だったのだ。しかし予定になかった強い魔物の群れに襲われ、倒しながら逃げているうちに仲間と逸れここへ」
「そうだったのですね……他の方々と合流できると良いのですが」
「そのうちやってくるだろう。……それまで貴方と話をしても良いだろうか。先ほどの魔法をもう一度見たいのだが」
私がそう伝えると、リリアーヌ嬢は可愛らしく微笑んでから光の蝶を作り出してくれた。
「とても美しいな……」
なんて幻想的な、そして綺麗な魔法だろうか。こんな魔法は見たことがない。
「ありがとうございます。私もこの魔法は気に入っているので、そう言っていただけると嬉しいです」
「これは他の形も作れるのか?」
「はい。例えばこのように――花畑を作ることもできます」
今度は湖の畔に、光り輝く花がたくさん咲き乱れた。なんと美しい……目の前の光景に目を奪われてしまい、言葉を発することができない。
「美しい以外に使い道はないのですが……」
「そんなことはない。この美しさだけでとても価値があるものだ。それにこの光、僅かに回復力を高める効果があるのではないか?」
「……それは、気が付きませんでした」
「先ほどから疲れた体がゆっくりと癒えていくのを感じている」
私のその言葉を聞いて、リリアーヌ嬢は花畑に視線を向けながらゆるりと微笑んだ。その横顔はとても美しく、思わず見惚れてしまう。
「リリアーヌ嬢は、」
どうしてこんな場所にいるのだ? そう聞こうとしたが、私が声を発す前にガサガサと何かが動く音が耳に届いた。
音の発信源である藪の中に視線を向けると、予想通り私の迎えが来たようだ。……もう少し話をしたかったのだが。
「騎士団長! ご無事ですか!」
「お怪我はございませんか! 大切な御身なのですから、お一人で魔物に向かうようなことはお止めください!」
「ユティスラート様に何かあれば、皇家の皆様が悲しまれますよ!」
部下である騎士たちは私しか目に入っていないのか、そんな言葉を次々とかけてくる。これでは、正体を明かさなかった意味がないではないか。
今の話を聞けば私の身分はおおよそ察せるだろう。そうなればさすがにリリアーヌ嬢も、私を利用しようとするかもしれない。
そう考えて少し落ち込みながらリリアーヌ嬢に視線を向けると、そこには思わず瞳を見開いてしまう光景があった。
リリアーヌ嬢に媚びるような態度は一切なく、ただひたすら純粋に尊敬の念を込めて、美しい礼をしていたのだ。
「ユティスラート公爵閣下だとは知らず、無礼な態度を失礼いたしました。閣下のご活躍は隣国である我が国まで届いております」
「……私のことを知っているのか?」
「もちろん存じております。我が国の隣国であるユルティス帝国の第二皇子殿下であらせられ、現在は公爵位を賜り臣籍降下し、騎士団長の任に就かれていると」
そこまで知っているのか……確かに広く公開している情報ではあるが、他国の者がここまで詳しいということは、隣国について真剣に勉強している証だろう。
やはりリリアーヌ嬢のことが気になる。もっとたくさんの話をしてみたいし、どのような人生を送ってきたのか知りたいと思う。
「リリアーヌ嬢、そんなに畏まらなくとも良い。それよりも貴方のことを教えてはくれないだろうか」
「かしこまりました。正式なご挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません。私はリリアーヌ・フェーヴルと申します」
フェーヴルというと……確か侯爵家だったはずだ。なおさら何故ここにいるのか不思議だな。
「侯爵家のご令嬢だったとは。そのような身分の貴方に治癒を施していただけたこと、とても光栄に思う。……正式な礼をしたいのだが、お礼の品はどちらに送れば良いだろうか」
この場の関係だけで終わりたくないと思いその言葉を発すると、リリアーヌ嬢は僅かに顔を強張らせた。
「いえ、お礼など必要ございません」
「……そういうわけにはいかない。命を救っていただいたのだからな」
「ですが……」
「何か問題があるのだろうか」
私がそう問いかけたところで、近くにある小屋のドアが開いて一人の女が顔を出した。
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