第3話 辺境での出会い
辺境領に着いたのは、屋敷を出てから一週間後のお昼頃だった。私たちを送り届けた馬車はそのまま王都に戻って行ったので、ここには私とエメの二人しかいない。
「随分と小さな建物ね……別荘、なのかしら」
「多分これは森の管理小屋だった建物でしょう」
エメが鍵を開けてくれて中に入ると、しばらく誰の手も入っていなかった室内は埃まみれだった。虫も住み着いているようで、到底人が住める状況ではない。
「こんな場所にお嬢様を閉じ込めるなんて……!」
「これは予想以上ね」
私が呆然と立ち尽くしていると、エメはさっそく台所らしき場所に向かって色々と確認を始めた。エメがいなかったら、お養父様に亡き者にされる前に死んでいたわ……本当にエメがいてくれて良かった。
「お嬢様、こちらの台所には魔道具が一切設置されておりません。料理をするには火をおこさなければならず、水は近くにある湖から運び、飲料水は購入しなければなりません。さらには食料を保存する場所もありませんので、塩漬けのものばかりになってしまいます。……あっ、もしかして電球もないの!?」
エメが天井を見上げてそう叫んだので、私も上を見上げてみた。すると必ずそこにあるシャンデリアが存在しない。
「……夜は真っ暗になってしまうということかしら」
「そういうことですね……火で光源を確保するしかありません」
どんな生活になるのか、想像もできないわ。料理人もいないのだから、食事も自分で準備しなければいけないのよね。
「買い物には行けるのかしら。この小屋に繋がる道の入り口に、兵士がいたけれど……」
私たちが逃げ出さないように監視する役割なのだろう兵士が二人いたのだ。お養父様のことだから、私は通すなと厳命していてもおかしくはない。
「今度確認に向かいましょう。もし難しければ、私が買い物には向かいます。二人共に買い物を禁止するということはさすがにないでしょうから」
「確かにそうね。明日にでも確認に行きましょう」
「はい。本日は持ってきた食料がありますからそちらを食べるとして、暗くなるまでは掃除ですね。お嬢様はそちらの椅子でお休みください」
そう言ってエメが部屋にあった物入れの扉を開けたところで、私はエメの近くに向かった。
「私も手伝うわ。ここには二人しかいないのだから、全てをエメに任せるわけにはいかないもの。掃除のやり方を教えてもらえる?」
「……かしこまりました。では順序立てて説明していきます」
私の顔を数秒間見つめたエメは、口角を上げて頷いてくれた。
「ありがとう。よろしくね」
それから数日、私とエメは必死に頑張った。部屋の中を住めるように整え、湖から生活用水を運んで、火をおこして料理をした。
幸いにもエメが火種を作る程度の火魔法を使えたので、火おこしは少しだけ楽ができた。
ちなみに買い物はエメ担当だ。私は予想通り兵士に止められてしまい、この森から出ることはできなかった。お養父様ならばそれぐらいはやるだろうと思っていたけど、実際に閉じ込められると少しだけ落ち込んでしまう。
「お嬢様、光をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「分かったわ」
私の光魔法は夜の照明に役立った。少しでも殿下の役に立とうと努力していたことが、こんなところで役に立つなんて皮肉だわ。
「これで良いかしら?」
「はい、ありがとうございます。それにしてもお嬢様の光魔法は本当に素晴らしいですね。普通はこのように使うことなど、できないのですよ?」
「私も最初はできなかったわ。毎日練習していたら、いつからか治癒と共に発生する光だけで作り出せるようになったのよ」
「この力だけで、他国では王宮所属の魔術師だって目指せるほどですのに……」
エメはいつも私の光魔法を素晴らしいと、世界中を見回してもここまで使いこなせている人はいないと絶賛してくれる。
ただそう言われても実感は湧かないのよね……お養父様とお養母様、それから殿下は、女が魔法なんて使えても意味がないと仰っていたから。
そう言われてからは隠れて練習をしていただけで、他の方に魔法を見せたことがないので客観的な評価がよく分からない。
「あっ、水が足りないですね……お嬢様、湖に行ってきますので少し夕食はお待ちいただけますか? 野菜を洗いたくて」
「それなら私が汲んでくるわ。エメは別の作業をしていてくれる?」
「良いのですか?」
「ええ、私はまだ料理ができないもの」
エメが私の提案に頷いてくれたのを見て、取手付きの木製の桶を持って小屋を出た。湖は小屋の目の前なので、歩いて一分もかからない。
「少し暗いわね……」
薄暗い森は不気味で怖いので、明るく華やかにするために光魔法で輝く蝶をたくさん作り出した。綺麗な蝶に湖の上を飛び回ってもらうと、とても幻想的な光景になる。
そんな光景に満足して桶に水を汲んでいると、ガサガサっと何かが森の中で動く音が聞こえた。
「まさか……魔物?」
ここは森の中なので、魔物がいても不思議ではない。街の近くだから兵士が巡回はしてるだろうけど、見落としがある可能性は高い。
早く小屋に帰ろう。そう思って重くなった桶を持ち上げようとしたその瞬間――森の中から何かが現れた。
緊張に体が強張ったけど、現れたのは予想していたものとは違う。魔物じゃなくて人だわ……しかも怪我をしているように見える。
「なんだこの綺麗な場所……俺は、死んだのか?」
怪我をした男性はぼんやりと湖を見回してそう呟くと、その場に力なく座り込んでしまった。
「だ、大丈夫ですか!」
慌てて駆け寄ると怪我の程度がはっきりと見えてくる。腕や胴体、頭からも血を流していてかなりの重症だ。
さらに目に入るのは、男性の格好。汚れている部分もあって分かりづらいけれど……これは明らかに騎士服だ。しかしうちの国のものではない。
ということは、この人は他国の騎士?
「君は、誰だ?」
「私はリリアーヌと申します。光魔法が使えるのでまずは治癒をしますね。この怪我は放っておけば命に関わります」
「いや、……うっ」
断ろうと思ったのか緩慢な動きで首を横に振り立ち上がろうとした男性は、体を動かしたことで怪我が痛んだのか眉間に皺を寄せた。
その様子を見て私は、男性の同意はないけれど治癒魔法をかけることにした。さすがに同意を得られなかったからと、このまま男性を放置はできない。
事前に発動してあった光魔法の蝶を男性の下へ集めて、それを治癒魔法に変換していく。この蝶は治癒魔法を発動する際に発生する光だけを抽出して形作ったものなので、一から魔力を練るよりも変換する方が早いのだ。
怪我をしている部分に蝶がパタパタと降り立っては光を放ち、それが繰り返されるたびに怪我は治っていく。そうして幻想的な光景が十秒ほど続き、男性の酷い怪我は完治した。
「どうでしょうか。もう痛みはありませんか?」
「あ、ああ、ないが……今のは治癒魔法、なのか?」
男性は痛みがなくなったからか眉間の皺を消し去り、しかし今度は困惑の表情で私をじっと見つめた。
改めて見るとこの人、凄く美しい容姿だわ。艶やかな黒髪に同色の瞳は、神秘的とも言えるものだ。
「治癒魔法です」
「本当に?」
「はい。一般的な魔法だと思いますが……」
「いや、治癒魔法はあんなふうに幻想的な光景にはならないはずなんだが……それに先ほどの怪我は、こんなにも素早く完治させられるものではなかった」
そういえばエメが言うには、私の光魔法は熟練度が高いものだったわね。
「光魔法の鍛錬は続けてきましたので、人よりも少し得意かもしれません」
「……少しという次元ではないだろう。あの蝶はなんなのだ?」
「あれは治癒の際に発生する光に注目し、そこだけを抽出して魔法にしたものです。治癒効果はほとんどありませんが、暗闇を照らす光となります」
「そんなことができるのか……」
男性は呆然とそう呟くと、難しい表情で黙り込んでしまった。
こんなに驚かれるほどに私の光魔法は特殊なのね……本当にエメの言う通り、私には才能があるのかしら。
「……そういえば、自己紹介もしていなかったな。私はフェルナンと言う。この度は命を救ってくださり、本当にありがとう」
フェルナンと名乗った男性は未だに困惑の表情を浮かべながらも、とても美しい動きで礼をした。このお方、騎士というだけではなくて身分が高い方かもしれないわ。
〜あとがき〜
明日からは毎日1話ずつ投稿していきます。作品フォロー等をして、楽しんでいただけたら嬉しいです!
面白いと思ってくださいましたら、ぜひ☆評価などもよろしくお願いいたします!
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