第2話 両親からの悪意

 屋敷の私室に戻ったところで、これからどうなるのかについて思考を巡らせた。私は王太子殿下の婚約者となるからと、この侯爵家の養子となった身だ。

 幼い頃の話で詳しくは覚えてないけれど、私はお養父様の弟だったお父様の下に生まれた。お父様は伯爵位を賜る貴族だったらしい。


 とても優しい両親で、幸せな幼少期だったことは覚えている。その生活が崩れたのが、私がとあるパーティーで王太子殿下、その時はまだ第一王子殿下だったアドリアン様に気に入られたから。


 アドリアン様が私を婚約者にしたいと仰られて、お養父様が王妃の実家という立場を手に入れたく、反対するお父様を無理やり黙らせ私を養子にしたのだそうだ。


 最初は私に優しくしてくれたお養父様だったけど、私が成長するにつれて美しくなくなっていき、殿下のお気持ちが離れ始めたのが側から見て明らかになってからは、あからさまに当たりが強くなった。


「……お父様とお母様が生きておられたら、伯爵家に戻る選択肢もあったかもしれないのに」


 二人は数年前に流行病に罹り亡くなってしまったと聞いた。もう私に、戻る場所はない。


 だからここにいるしかないけれど、お養父様が殿下の婚約者でなくなった私をここに置いてくれるとは思えない。

 適当な下位貴族に嫁がされるか、どこか辺境にでも送られるか……


「なんでこんなことに……私が何か悪いことをしたかしら」


 思わずそんな言葉が口をついて出ると、その言葉に反応してくれる人物がいた。


「お嬢様はとても素敵なお方です。努力家で才能に溢れており、私のような者にまで優しくしてくださいます。皆様の目が節穴なのです」


 唯一の専属メイドであるエメだ。エメは平民出身で下女として雇われていたけれど、お養父様が私への嫌がらせで数年前に専属メイドにした。

 普通は高位貴族の専属メイドならば、下位貴族出身の女性や、貴族家にルーツのある家柄の女性が普通だ。しかしエメは貴族どころか、帝国から親の仕事で王国に移り住んできた平民。


 最初は途方に暮れたけれど、今となってはあの時のお養父様の選択には感謝している。なぜならエメは私の容姿を馬鹿にすることなく、中身を見てくれるから。


「エメ、ありがとう。そう言ってくれるのはあなただけよ」

「それがおかしいのです! なぜこの国の貴族社会は、ここまで容姿を重視するのでしょうか……! 美しい子供を産める美しい女性以外は無価値だと言っているに等しいです。それにその美しさの基準もたった一つだけで、他は認めないという異常さですし……」

「その辺にしておきなさい。誰かに聞かれたら大変よ」


 熱弁を振るうエメを苦笑しつつ止めると、エメは拳を握りしめて悔しそうな表情を浮かべた。


「お嬢様は、絶対に場所が違えば皆から尊敬されるお方なのです」

「ありがとう。でも私はこの国の貴族で、フェーヴル侯爵家の長女なのだから仕方がないわ」


 そこでエメとの会話が途切れ、いつものように美味しいお茶を飲んで気持ちを落ち着かせていると、部屋のドアがノックされた。


「リリアーヌ様、旦那様がお呼びです」


 来たわね……もしかしたらこの部屋にいられるのも最後かもしれない。そんなことを考えながら私室をぐるりと見回して、エメに扉を開けるよう伝えた。


「かしこまりました」


 開かれたドアから顔を出したのはお養父様の従者だ。


「大至急、執務室に顔を出すようにとのことです。このまま私と共に来ていただきたいのですが、よろしいでしょうか」

「分かったわ」


 ここで反抗しても仕方がないので、素直に立ち上がって従者の後に続く。廊下を通って階段を下りたら執務室はすぐそこだ。


「旦那様、リリアーヌ様をお連れしました」

「入れ」


 少し緊張しつつ中に入ると……執務室の中にはお養父様とお養母様がいた。二人はとても冷たい瞳で、私のことを睨みつけている。


 その様子に足がすくんだけれど、なんとか倒れないように踏ん張って礼をした。


「リリアーヌ、なぜここに呼ばれたのか分かっているな?」

「……はい。殿下から告げられた婚約破棄に関することだと思っております」

「そうだ。お前は……本当に役立たずだな!!」


 うっ……お養父様の怒鳴り声に、体が震えてしまう。私が成長してからは何度もこうして怒られたけれど、やっぱり慣れない。


「大変申し訳ございません……」

「殿下から婚約破棄されるなど、あり得ませんわ」

「アメリーが愚図で醜いお前の代わりに殿下のお心を射止めたから良かったものの、別の家の娘が婚約者となっていたらどうしてくれていたんだ!」

「申し訳ございません……」


 私はもはや謝ることしかできない。何も悪いことはしていないのに、必死に努力してきたのにと思う気持ちはあるけれど、反抗なんてしたら何をされるか……


「もう分かっていると思うが、殿下の婚約者でなくなったお前は用なしだ! せっかく金をかけて育ててやったというのに、殿下のお心を繋ぎ止めることもできず、恩を仇で返すとは……やはりあいつの娘だな。あいつも何かと俺に文句ばかりつけて目障りだったんだ」


 あいつとは、お父様のことだろう。あんなに優しくて誠実な人を馬鹿にされて怒りが湧くけれど、もうその怒りを抑え込むのにも慣れた。

 この程度で怒りを露わにするようでは、この家ではやっていけないのだ。


「ご期待に応えられず、申し訳ございませんでした……」

「ふんっ、お前のその言葉はもう聞き飽きた。役立たずのお前は辺境行きとすることに決めた。もう一生、私たちの前に姿を見せるな!」

「私の娘だということも口外禁止とするわ。血が繋がってないとはいえ、お前が私の娘として外を出歩くのさえ嫌だったのよ」


 嫌われてるのは知っていたけれど、ここまでだったなんて……今まではまだ殿下の婚約者ということで、配慮されていたのね。

 

 片手で数えられるぐらいしかなかったけれど確かにあった養父母からの優しさは、殿下の婚約者に対するものだと気づき悲しくなる。


「かしこまりました……辺境の、どこに向かえば良いのでしょうか」

「隣国との間に広がる森の中に小さな別荘がある。そこで表に出ることなく暮らせ」

「愛人や後妻にと勧めるにしても、あなたの容姿では嫌がらせになってしまって使い道がないのよ。本当に役に立たない子だわ。せめてこれ以上は迷惑をかけないよう、建物から出ずに死ぬまで静かに暮らしていなさい」


 辺境領の別荘に一生閉じ込められるのね。いえ、多分一生と言ってもそこまで長くはないはず。お養父様とお養母様が私に無駄なお金をかけるはずがないもの。

 近いうちに、一年以内には魔物に襲われるか病に罹るかして死んだことにされるんだわ。


 ――私の人生は、なんだったのかしら。


「もう話は終わりだ。すぐにこの部屋から、そして屋敷からも出て行け。馬車は準備してある」

「はい。……あの、エメを連れて行っても構いませんか?」

「お前の卑しい専属メイドか? そんな者を置いていかれても困る」

「かしこまりました。では失礼いたします」


 最後に勇気を振り絞ってエメを連れていけるという言質を取ったところで、余計なことは言われないようにと、頭を下げてすぐ執務室を後にした。


「エメ、鞄に持てるだけの荷物を詰め込んで屋敷を出ましょう。五分で準備なさい」

「かしこまりました。すぐに」


 それから動きやすい衣服やお父様とお母様がくださったアクセサリーなど、大切なものだけを鞄に詰め込んで侯爵家の屋敷を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る