婚約破棄された可憐令嬢は、帝国の公爵騎士様に溺愛される
蒼井美紗
第1章 婚約破棄編
第1話 突然の婚約破棄
「よくもまあ、堂々と殿下のお近くにいられますわね」
「自分では釣り合ってないとお思いにならないのかしら」
「侯爵家とはいえ、さすがにあの容姿はねぇ〜」
「妹君のアメリー様はあんなにお美しいのに。殿下がお可哀想だわ」
私の耳に次々と入ってくる、貴族令嬢たちからの悪意ある声。それを聞くたびに溜息を溢したくなるけど、私は王太子殿下の婚約者としてこの場にいるのだから、笑顔を崩すことはできない。
ここは王宮にある大ホールで、今は殿下の誕生を祝うパーティーの真っ最中だ。
「おい、リリアーヌ。早く来い」
「かしこまりました」
殿下が私に向ける視線は冷たく、口調は使用人に呼びかける時よりも乱暴だ。なぜこんな状態になってしまったかというと――私が美しく成長しなかったから。
この国の美人の条件は背がすらっと高くしなやかな体躯で、目鼻立ちが整った顔立ちの女性だ。しかし私は背が低く華奢で貧相な体つきで、顔立ちもパーツが小ぶりで華やかではない。
幼少期には私のことを可愛いと仰ってくださった殿下も、こんな私に嫌気がさしているのだろう。容姿がダメならせめて他の部分ではと勉学や魔法を頑張ったけれど……殿下のお心が私に向くことはなかった。
もう、諦めた方が良いのだろう。気持ちがなくても結婚はできる。貴族の結婚なんてそんなものだ。
そう自分に言い聞かせながら殿下の後ろを付いていくと、殿下は私の妹であるアメリーのところに向かった。そしてアメリーの手を取ると、会場の壇上に向かって歩みを進める。
「殿下、このような場で他の令嬢の手を取られるのは誤解を生みます」
小声でそう窘めたけれど、殿下は私を睨みつけるとそのまま壇上へ向かわれた。アメリーは私に勝ち誇ったような表情を浮かべ、殿下の腕に自分の腕を絡めている。
――殿下はアメリーを側室にするつもりなのかしら。
もしそうならば、フェーヴル侯爵家の力が強くなり過ぎてしまう。アメリーを側室に入れるには、他の侯爵家や伯爵家からも側室を娶らなければ。
今度殿下に進言をして、陛下にもお話を……
そんなことを考えていると、殿下とアメリーが階段を登ったところでくるりと私のことを振り返った。そしてまだ階下にいる私を見下ろして、ニヤリと嫌な予感がする笑みを浮かべる。
「……殿下?」
「皆の者、本日は重要な発表がある!」
私の呼びかけには無視をして殿下が会場中に響くような声を張ると、談笑していた貴族たちは全員が口を閉じてこちらに視線を向けた。
シンっと静まり返った会場を満足げな表情で見回した殿下は、最後に私へと視線を固定する。
「ペルティエ王国の王太子であるアドリアン・ペルティエがここに宣言する! リリアーヌ・フェーヴルとの婚約は今日この場をもって破棄し、私はアメリー・フェーヴルと正式に婚約することと決めた!」
……え、婚約、破棄?
何を言われたのか上手く飲み込めず、何も反応ができない。婚約破棄なんて、この時点でそんなことができるのだろうか。
私はもう十八で、一年以内には正式な婚姻を結ぶ予定だったのに。
……陛下は別のお仕事があり本日は出席されていないけれど、これは陛下も納得されていることなのかしら。
でも多くの貴族が集まるこの場で宣言をしてしまったからには、もう私と殿下の婚約破棄が覆る可能性は低い。
「アドリアン様のことは、私が精一杯支えてゆきます」
「アメリー、ありがとう」
「当然ですわ」
様々なことが頭の中を駆け巡り何も反応できないうちに、二人は優しく微笑み合っていた。
あんな笑顔、私にはここ数年で一度も向けてくれなかったのに……
「クスッ、哀れなものね。アメリー様は殿下ととてもお似合いだわ」
「自分の立場を弁えず、婚約者の座にしがみついてるからこんなことになったのよ。もっと早くにリリアーヌ様から婚約者の座を降りていれば良かったんだわ」
「そうよね。そうすれば、殿下のお手を煩わせることもなかったのに」
さっそく他の令嬢たちは言いたい放題だ。
陛下が決められた婚約者の座を、私の気持ちで降りられるわけがないじゃない。
そう反論したいけれど、そんなことをする気力も湧かない。
――私は、こんな仕打ちを受けることをしただろうか。
必死に王妃となるため勉学に励んだし、殿下を支えようと仕事も手伝った。容姿では期待に答えられなかったから、王妃に求められている以上のことも身につけようと努力した。
それなのに容姿が悪いというだけで、全てを否定されるなんて。
確かに王妃の一番の役割は、次代の王と王女を産むことだと分かっている。そして王族にはそれに相応しい容姿が必要だということも。
でもそれならば、もっと穏便に私を婚約者の座から下ろしてくだされば良かったのに……
悔しさや虚しさ、怒りなどの感情が混ざり合い、瞳に涙が滲む。それが溢れる前にギュッと瞳を閉じて、今までこの立場で必死に生きてきた中で身に付けた微笑みを浮かべた。
涙なんて見せるものか。弱みを見せたらまた笑われる、つけ込まれる。いつでも笑みを浮かべてこそ、ここまで王太子殿下の婚約者として努力してきた私の姿だ。
「――かしこまりました。殿下がそれをお望みならば、私は従います」
私が反論せず受け入れたことが意外だったのか、その言葉に殿下とアメリーは少しだけ瞳を見開いた。
その表情にほんの少しだけ悲しさを紛らわせ、殊更に綺麗な礼をしてから会場を出るために後ろを振り返る。
最後まで泣かずに完璧な令嬢として会場を後にした私は、そのまま馬車に乗り込んで屋敷に戻った。
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