第2章 第23話 初めての口づけ

 【無限廻廊】の説明では、俺の部屋のドアを開けるとセーフティースペースではなくて、あの日の朝につながるそうだ。

 場所と時間を選べるわけではないのは残念だが、俺にとっては大した問題ではない。



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【無限廻廊】


 クリックしますと玄関のドアが元の世界かつ元の時間へとつながります。


 *通行には一人につき一枚のチケットが必要です。


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「サトウ様、実は……」


 その夜、俺とクリスは部屋で向かい合っていた。


 短距離走のユニフォームの上に、 “2-B 佐藤”と中学時代の俺の名前が大きくプリントされた体操服姿であるが、クリスはいたって真剣な顔で俺を見つめている。



「クリス……その話、本当なのか」


「はい。詳しくは言えませんが、もしサトウ様のお気持ちが私と同じなら大丈夫です」


「……分かった」


「サトウ様は、こんな説明しかできない私を本当に信じて頂けるのですか」


「当たり前だろ」


「ありがとうございます!」


 潤んだクリスの瞳に吸い込まれそうになる。しかしこのときばかりは、俺は視線を逸らさず正面からクリスを見つめて抱きしめた。



「きゃっ! は、はうう……っ。んっっ……」


 その夜、俺は初めてクリスと唇を重ねたのだった。



 ◆



「何で行き先が、お兄ちゃんの家の玄関前なのよ。まあ、バイト先までかえって近いからありがたいけど」


 ふんすと腕組みをする沙樹。


 近くて便利なら逆に感謝して欲しいと思うのだが、いままで散々迷惑をかけてきた妹に悪いと思いご機嫌を取ることにした。


「向こうで何かおごるから許してくれよ」


「う~ん。駅前のケーキバイキングで手を打つ」


「げっ。まさか俺も付き合うのかよ」


「当たり前でしょ! 巻き込まれた私がどれだけ迷惑したと思ってんのっ!」


「俺が甘味を苦手なの知ってるだろうが~!」


 明るく振る舞う沙樹は、ひょっとして湿っぽくなりそうな雰囲気に気を遣っているのかも知れない。


 そして俺と沙樹のやり取りが始まると、一歩下がって俺たちのやり取りを見守ってくれるクリス。


 本当に俺には過ぎた妹と恋人である。


「クリス、一緒に連れていけなくてゴメンな」


「私なら大丈夫ですので、お気になさらないでください。そんなことより、どうかお気をつけて」


「キュイキュイ~」


「キュー」


「クリスちゃん。私には詳しい事情は分からないけど……とにかく元気でね。キュイもキューも後のことはお願いね」


「はい。沙樹様もお元気で」


 涙を拭う沙樹を見て、クリスも目に涙を浮かべている。キュイとキューも何となく別れの雰囲気を察しているのか、さっきからしきりと悲し気に鳴いている。



「クリスのこと、信じてるから」


「サトウ様、私もです」



「じゃあ、行ってくる」


「はうう……」



 こうして、俺と沙樹は、玄関のドアをあけたのだった。



 ◆



「くっ!」


 ドアの外は、朝日に照らされていた。


 外からもう一度ドアをあけてみるが、部屋の中にはもうクリスたちの姿は無い。


 時間は朝の七時ちょうど。


 元の世界の朝日を浴びるのは久しぶりだ。そのせいか、やけにまぶしく感じる。


「そうだ、スーツに着替えなきゃ!」


「私も急がないと!」


 俺は誰もいない部屋に戻り、慌ただしく着替えると急いで出社したのだった。



 ◆



「おう、佐藤いよいよだな」


「準備は万全整ってるから」


「打ち上げ用の店押さえてるから、ヘマすんじゃねえぞ」


 懐かしい会社の同僚たちを前に、思わず旧交を温めたくなる衝動をグッと堪える。

 彼らからすれば、俺とは昨日会ったばかりだから仕方がない。


 それにしても、異世界であれほど丁寧に遇されてきた俺に対するこの扱い。少しイラッとくるのは、気のせいなのだろうか。




「……以上で私からの説明を終わります」


「さすがだ、役員一同ほめていただけある」

「佐藤君みたいな有望な若手が出てきてくれて、わが社の未来も明るいな」


 俺がしたプレゼンの内容は、手短かに言えば、自社で販売している食料品を傘下の飲食店で提供するというもの。これにより自社製品のみならず、グループ全体の売り上を底上げされる。

 例えば、ラーメン屋に行ってインスタントラーメンを出されたらみんな怒るだろうが、最初からメニューとして袋ラーメンがあるなら、面白がって客も来てくれるのではないだろうか。


 あらかじめ上層部の了解は得られていたので、後は現場レベルの意見が聞きたかったのだが、概ね受け入れられたようだ。


「この案なら、本社だけでなくチェーン店の販促にもなる。そしてお客様にも安価な商品が提供できる」

「まさにウイン=ウインの関係……いや、三方良しとでも言うべきか」


 お褒めの言葉がむず痒く感じる。


 元々家庭用として開発され、そこそこ流通していて認知度もある商品を傘下の外食チェーンで提供したら受け入れられると思うのだ。正しい調理法で一番おいしい状態で提供できるのならなおさらである。ウチの商品を見直してくれるお客様も出てくるだろう。


 この日、打ち上げの誘いを断った俺は、ひとり焼肉にひとりカラオケ、更には日帰り温泉にマンガ喫茶と、駆け足で懐かしい元の世界を満喫したのだった。

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