第2章 第21話 ダンジョンギルド誕生

 王都から帰って来て半年が過ぎた。


あおの洞窟』は今やすっかり王都きっての観光名所になっている。

 一階層から十階層までは完全に整備され、『ベース』と呼ばれた広大なスペースは、ギルドの支部や関連施設、宿屋や商店が立ち並び多くの観光客を受け入れている。


 しかもギルドの職員に加え商人や職人の中には居を構えて定住する者も増えて来た。もはやダンジョンというより、ちょっとした街といった方がいい。


あおの洞窟』十階層へは、無理すれば丸一日で日帰りできるが、ゆっくりと観光を楽しむのには、ギルド直轄の宿に一泊するのが一般的。おかげさまで『洞窟亭』も忙しい。ギルドの職員の宿舎が整備されたので、宿泊受け入れは一応終わったのが、今度は一般客の受け入れについて催促されているくらいである。


 そしてここに来てようやく人員の補充が出来ることとなった。


 実は、王都から帰ってから週に一日の定休日を設けたのだが、冒険者をはじめギルド関係者の間からも不満が出たらしく、メスカルが人選を急いでくれたのだ。


「彼女たちのことは俺が保証する。みんないい娘たちだよ」


 そういって、メスカルは三人の女の子を紹介してくれた。いずれもギルド職員の娘さん。全員まだ高校生くらいの年頃である。


「「「よろしくお願いします!」」」


 笑顔で元気に挨拶する三人。気立てが良さそうで何よりである。クリスや沙樹も可愛い後輩が出来たみたいで嬉しそう。さっそく三人に店を案内してくれている。


「ところで、メスカルさん。キュイのことなんですけど……」


「キュ~イ」


 俺の膝の上で、弱弱しく返事するキュイ。どうも最近食べ過ぎなのか頑張り過ぎなのか、二回りほど大きくなったようで、苦しそうにしている。少し休ませるべきなのだろうか。


「おっ、これは“おめでた”だな」


「え?! 何なんですか? まさか妊娠してるわけじゃ……」


「そのまさかだよ」


 スライムは、小さい間は保護色で周辺に溶け込むが、ある程度育つと保護色機能が失われる。そしてさらに育つと、分裂して子どもをつくるという。


「キュイは今、いうなれば妊娠中だな。こりゃ近く産まれるかもな」



 ◆



「キュィ~」


 その日の晩は苦しそうなキュイをベッドで寝かせて、俺たちは三人でしばらく見守ることにした。



 そして夜更け。



「キューッ!」




 キュイの頭部? が膨らんだかと思うと、小さなスライムが誕生。握りこぶしより少し小さく、キューキュー鳴きながら、プルプル震えている。


 さすがに固形物は食べづらいだろうからと、冷ました重湯をあげてみると、おいしそうに飲み干した。


「キュキュー♪」


「おお、よしよし可愛いなあ」


「お兄ちゃんばっかりずるい。次は私の番ね」


「私も“キュー”にあげたいです~」


 この小さな命はクリスによって「キュー」と名付けられ、すくすく育った。母子ともに健康で何よりだ。


 そして、一週間後には、キュイにくっついて食堂や温泉の掃除をしてくれるようになったのだった。


 ◆


「そうそうサトウさん。 ついにウチの支部の売り上げが本部を抜いて大陸一になったんだよ」


 この日も閉店後にメスカルがやって来た。どうやら相談事があるらしいが、最初に延々と自慢話を聞かされた。


あおの洞窟』は、入場料をとって一般の観光客に開放している。入り口にあるホテルから十階層の支部までの間の商店や宿泊施設も支部の直営店。本来の冒険者への仕事の斡旋や魔石や素材の買取りといった業務より、これら“副業”の方が何倍も売り上げが多いという。


 そして、これまでギルド本部の支部だったのだが、正式なギルドとして独立することになったそうだ。その名も『ダンジョンギルド』。スライムを象かたどった独特の紋章も出来たという。


 それに伴いギルドマスターに昇格したメスカルの頬は、さっきから緩みっぱなしである。


「相談なんだが、サトウさん、更なる売り上げアップのための何かいいアイディアはないだろうか?」


「……う~ん。ならば、この案はどうです?」


 俺の考えた案はスタンプラリー。


 あおの洞窟の一階から十階までそれぞれ、スタンプを見つけて入場券に押す。十個たまれば景品を出すというものである。


「なんでそれで儲かるんだ?」


 俺の意見を聞くなり、怪訝な顔で腕組みをするメスカル。どうも最近、ギルドマスターというより、商人の親玉に見えるのは俺の気のせいなのだろうか。


「今、観光客の皆さんは、一泊二日が多いですよね。中には日帰りの人も」


「最短ルートをたどれば日帰りも可能だからな」


「そこで、観光客の皆さんにスタンプカードを渡すんです。各階層ごとにチェックポイントを作り、すべて回り切ってスタンプを押せば賞品をプレゼントする。そうすれば、日帰りはおろか、一泊二日も難しくなりますよ」


「なるほど! 序盤はやさしく、すすむにつれて難しくすれば、賞品目当ての観光客はギルドの宿にもう一泊してくれるか……。さすがは伝説のシャーマン様! 早速取り入れてみよう」


 その後、一週間の周知期間を置いて、スタンプラリーが開催されると『あおの洞窟』はたちまち観光客であふれた。


 みな、手に入場券とセットになったカードを持ち、ギルドの紋章であるスライムのスタンプを探してワイワイと大盛況。特に多いのが家族連れ。何でも『あおの洞窟』限定品のスライムグッズが大人気らしい。


 もちろん、『洞窟亭』にも親子連れの来店が目に見えて増え、子どもたちはキュイたちに袋ラーメンの切れ端なんかをやって喜んでいる。




「しかし、二人で始めた『洞窟亭』も大きくなったもんだな」


「はい、サトウ様のおかげです」


「ここで店を開いたら絶対繁盛するって後押ししてくれたクリスのおかげだと思うぞ」


「は、はい。ありがとうございます」


 クリスはそう言って恥ずかしそうに俯く。その姿が可愛くて、俺は思わず頭をなでなでぽんぽんしてしまったのだが……。


「あれ~お姉ちゃん大人なのに、頭撫でられてるよ。変なの~」


「こ、これ! そういうのは見ないふりをしなさい!」


「そうだぞ。母さんの言う通りだ」


「「はーい」」




「み、見ないふり……」


「は、はうう……」


 テーブルからは見えない場所だとばかり思っていたのだが、キュイたちを追いかけてやって来た子供に見つかってしまったようだ。


 おかげでクリスはその日ずっと恥ずかしがって俺に目を合わせてくれなかった。


 あの……小さなお子さんをお持ちの皆さん。そのような忠告は、俺たちの耳に入らない所でして欲しいと思います。


 そして、『洞窟亭』はこの日、過去最高の売り上げを記録したのだった。

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