第2章 第20話 覚悟はできています
「サトウ様」
「は、はい……」
真剣な表情のクリス。いつもとは雰囲気が明らかに違う。
「サトウ様のお気持ちをお聞かせください」
俺の前で正座し、ピシッと背筋を伸ばすクリス。
暗闇の中、真っ赤に濡れた眼光が、真っすぐに俺の目を見据える。これが昼間ならまともにクリスの顔なんて見れなかったところだ。
普段恥ずかしそうにもじもじしている姿からは想像もつかないが、クリスはいざとなると、誘拐犯のチンピラや騎士団の連中より、よほど腹が座っているのかも知れない。
「覚悟はできています」
「……わかった。正直に話す」
俺はクリスの決意を正面から受け止め、自分の思いを正直に告げたのだった。
◆
翌朝―――。
「ふふん~ふふ~ん♪」
鼻唄交じりに朝食の準備をするクリス。今日は俺が教えたばかりのフレンチトーストに挑戦するらしい。
ところがなにぶん狭いキッチン内。俺も手伝おうと、器棚に手を伸ばしたのだが、偶然クリスの手とぶつかってしまった。
「「あっ!」」
お互い目が合った後、下を向いた俺は慌てて視線を横に逸らす。「いい大人が、何恥ずかしがってんだ!」なんて言わないで欲しい。
だって、目の前のクリスは、試合でもないのに朝っぱらから王都で買ったユニフォーム姿。そんな恰好でキッチンに立たれた日にゃ、耳まで真っ赤になるのも当然だろう。
当のクリスは、最初から恥ずかしそうにもじもじしているのだが。
一つ言えることは、この姿は断じて他の男に見せるものではない。あまりに危険なため、ブルマの着用は俺の部屋だけにしようと、心に決めたのだった。
「はは~ん」
そんな俺たちを見て意味ありげな顔をする沙樹。上から目線にイラッとくるのは俺の気のせいなのだろうか。
「二人とも、昨日はお楽しみでしたね♡」
「い、いや、これは違うぞ!」
「はうう……」
「アヤシイなあ~」
「それより今日から『洞窟亭』リニューアルオープンだ! 朝ごはん食べて開店するぞ!」
「ちょっと、お兄ちゃん話逸らしてない?!」
「さ、クリス早く食べよう」
「はい」
「もう!」
◆
初めての臨時休業明けということもあり、店の前には朝から開店を待ちわびたお客様の長蛇の列が出来ていた。
「「いらっしゃいませ~♪」」
これまで『洞窟亭』に来るお客の大多数が冒険者だったのだが、今日の客層は今までとは明らかに違っていた。ギルドの職員や職人、商人など一般の人の方が多い。
「この水、本当に無料なのですか?」
「こんなに澄んで冷えた水は初めてです~♪」
「久々に来たが、しょう油×みそは最高ですな!」
「いやいや、しょう油に一番合うのはとんこつでしょう」
「俺は、塩×とんこつが一番好きなんだが」
新たにテーブルを入れた店内は、五つのテーブルとカウンターとで計30席。
店の外にも行列ができ、なかなか途切れそうにない。
「ありがとうございます! ブレンド五人前。しょう油×みそですね~♪」
「サトウ様、塩×とんこつの四人前、追加でお願いします~」
「はいよ!」
「キュイ、キュイ~♪」
俺たちは久しぶりの営業を楽しんだ。
お客様は皆完食してくれる。そして満足気に笑顔を返してくれるのだから、こんなやりがいのある仕事なんて、元の世界でもそうそう無いだろう。
◆
夕方になって、ロゼがギルドの女性職員八名を連れて来てくれた。ロゼの部下の受付担当らしい。人間、獣人、エルフ、など種族はバラバラだが全員お美しい。元の世界ではアイドルグループにいてもおかしくないくらいなのだ。
ひょっとしてメスカルの奴、オーディションでもしたのだろうか……って、い、いかんいかん。
「お兄ちゃん!」
「…………」
くっ、少し遅かったか。
「はじめまして、シャーマン様。私たちず~っと楽しみにしてました~♪」
「『洞窟亭』に泊まれるなんて夢みたいです!」
「競争率高かったんですよ」
「私たち、ラッキーだよね!」
「うん、うん!」
仕事中はクールビューティーに見えるが、素顔は普通の女の子。俺はくれぐれも間違いなど無いよう監督責任を負わされたような気がする。元の世界で例えるなら、女子寮の寮監の立場に近いのかも。
「サトウさん、これからよろしくお願いします♪」
そして、彼女たちの中を割るようにしてやって来たロゼ。俺の顔を見るや、いつもの様に笑顔で腕を取るのだが……。
「伝説のシャーマン様に対し、馴れ馴れしい態度はお控えください!」
「お兄ちゃんもお兄ちゃんよ! クリスちゃんがいながら、他の女の子に見とれるなんて!」
「いつ俺が見とれたんだよ! 大体、クリスより可愛い女の子なんて……って、え?」
「は、はうう……」
◆
慌ただしくも充実した一日が終わった。
今日の夕食は、クリスの大好きなぶっかけうどん(冷)。今日はお替りを見越して多めに用意した。そしてトッピングにはかき揚げと沙樹が大好きなかしわ天。
「わあ、今日はどうしたの? 私の大好物だよ♪ しかも豪華だし」
「私も冷たいぶっかけうどんに、かき揚げが大好きなんですが、いつもより美味しそうです~」
「ふふふ……そうかそうか」
嬉しそうな二人の顔を見れて俺も満足である。
レベルが上がったことにより、袋ラーメンやそれに使う具材も沢山仕入れることが出来たが、まだまだ余裕がある。
そこで、俺はレモンや刻みのりにショウガやゴマなどの薬味をたくさん注文。大根やニンジンもそれぞれ大根おろしやもみじおろし用に購入することが出来た。
そして、食後には、これまた取り寄せたばかりのジュースを出した。
「うわあ、このしゅわしゅわ、何ですか?!」
クリスは初めてのジンジャーエールにびっくりしながらも、美味しそうに飲み干した。
「サトウ様、これ絶対に『洞窟亭』のメニューとして出すべきです!」
「確かに。風呂上りとか最高かもな」
「じゃあ、お客さんに飲んでみてもらう?」
俺が今回購入したのは、PBプライベートブランドの、1,5リットル100円の激安品なのだが、ゲストルームの皆さんに試飲してもらったところ、評判は上々。
これまで出していた、ビンの牛乳、フルーツ牛乳、コーヒー牛乳に加え、明日からジンジャーエールをジョッキ一杯百ギルで出すことにしたのだった。
◆
「ちょっとお兄ちゃん!」
皆風呂に入って、『洞窟亭』のセーフティースペースの照明を消そうとしたとき、辺りにクリスがいない所を見計らって、沙樹が詰め寄って来た。
「さっき、クリスちゃんから聞いたんだけど、お兄ちゃん昨日も何もしなかったってどういうことなのよ! いい加減はっきりしてよね。自分がどれだけひどいことしてるのか自覚あるの?!」
「っていうか、何で俺とクリスの問題でお前に文句言われなきゃならないんだ! 俺だってなあ……」
「……え?! それじゃ昨日、ついに告白したんだ!」
「こ、告白というか……」
「ふふ~ん♪ さあ、明日も頑張ろうーっと!」
俺の話を聞き終わるや、背伸びしながら満足気に自分の部屋に帰って行く沙樹。
「おい、いい加減俺の部屋を返せよ!」
「…………」
「お、おい……」
「…………」
沙樹の奴、聞こえないふりをしやがって~!
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