第2章 第9話 レベルUP

「ちょっと、お兄ちゃん」


「どうしたんだ?」


 沙樹は右手を差し出して手のひらを上に向けるや、揃えた指先を“クイックイッ”と上にあげた。


 朝食を食べ終え、これから開店準備に入ろうとするタイミングで、一体何なんだ。


「あのねえ……。お兄ちゃん。さっきクリスちゃんから聞いたんだけど、昨日も何もなかったそうじゃない! しかも、部屋をシーツで二等分って何カッコつけてんの! 似合わないんですけど」


「はあ? お前に文句言われる筋合いはないぞ!」


「クリスちゃんは女の子なんだから、恥ずかしくて自分から言えないに決まってるじゃない! それをこの鈍感バカにい!」


「お前こそ何言ってるんだ。俺なんて、所詮しょせん女の子からしたら、いい人止まりなんだよ。クリスのことだって、この世界での妹みたいだと思ってる」


 そう。俺は長年の経験上、自分に夢を見ないことにしているのだ。


 ……なんだか、涙が出そうだ。


「こりゃクリスちゃんがかわいそうだわ」


「何でだよっ!」


「いい? 男女が何か月も同居してるのに、手をつなぐ以上、何も進展してないって正気? それって女の子からしたら、じわじわと脈無し宣告され続けられてるのと同じなんだからね!」


「え? 意味が分からん」


「もう、バカにい! 着替えてくる!」


 沙樹はそう言うと、ドスドスと足音を立てて自分の部屋に入ってしまった。



 ◆



「おっ、サトウさん、新しい店員さん雇ったのか。しかしこんなかわいい子よく見つけて来たな」


「そんなあ。私なんて~♪」


 開店間もなくやって来たのは、メスカルたち。


 沙樹はというと、去年まで着ていたセーラー服の上に、調理実習で使っていたエプロン姿。

 昨日散々「スカートの丈が短すぎる」なんて言ってたくせに、スカートのウエスト部分をわざわざ折り込んでいるのは謎だ。


「とにかく、三人とも奥に入ってよ」


 ギルド本部のお偉いさんが、こんな気軽に来てもいいのだろうかと思っていたが、どうやら相談事らしい。


 俺は、三人をリビングに通すと、手早く袋ラーメンを作って、それぞれの前に置いたのだった。


「サトウさん、実は今、ギルドじゃかつてない計画が進行中なんだ」


 ラーメンをすすりつつ、メスカルが言うには、『洞窟亭』からほど近い『ベース』と呼ばれる空間に、ギルドの支部を作る予定があるという。ギルド本部は新たなクエストを大量発注する形で、冒険者たちに次々と資材を運び込ませているのだとか。


 それに合わせ、十一階層以下の下層へは当分の間立ち入りを禁止し、その分、冒険者たちに一階層から十階層までを集中して魔物を討伐させているという。


「今までとは比べものにならないくらいの冒険者たちが十階層に来ることになった。それに加えて、ギルドが臨時で雇った職人たちも多く出入りする。もちろん、彼らに対する水や食料はこちらで用意するのが筋なんだが、どうも思ったより人が増えそうなんだよ」


「なるほど……」


「そこでだ。急なことなんだが、『洞窟亭』で出来る限り多くの客を受け入れてはもらえないだろうか」


「こちらも商売ですので構いませんが、多くの客って一体何人くらいなのかな?」


「それが、少なくとも一日当たり延べ百人以上。しかも今日からなんだ」


「…………」


「サトウさん、この通りだ」


 メスカルの言葉が終わると、三人は揃って俺の前に平伏したのだった。



 ――――――



「わかったよ。それでは四人用のテーブルセットを二組。それに鍋とお椀をすぐに用意して欲しいのだけど」


「お安い御用だ!」


「それから飲み水に関しては、水袋とそれを運ぶ人員を用意してくれれば、何とかなると思う。外から運んでくるのは重いだろうし」


「ありがとうサトウさん。これでギルド『あおの洞窟』支部は、出来たも同然だ!」


「お兄ちゃん、冒険者パーティー五名様、来られました~」


「サトウ様、四名様ご来店です」


「それじゃあ、サトウさん、俺たちはこれを食べたら『ベース』に戻るよ」



 ――――――



 この日、『洞窟亭』に訪れた客はおよそ120人。


 袋ラーメンは「しょう油」「塩」「みそ」「とんこつ」それぞれ50食以上のストックがあったおかげで何とか乗り切れたものの、ストックはカツカツである。

 メスカルの話では、明日以降客は更に増えるという。


 正直、在庫がなくなり次第、その日はお開きにしてもいいのだが、俺の前で頭を下げてくれたメスカルたちへの友誼ゆうぎを考えると、何とかしたい。


 そろそろ、ガスパウロから貰ったケルベロスの魔石を使うときかも。


 最近、『洞窟亭』を訪れた冒険者たちの間で、帰り際になでると獲物を仕留められるなどと思わぬ人気が出てきて惜しい気もするのだが、今日限りにするとしよう。


 この日の夕食後、俺はクリスと沙樹を呼んで、ケルベロスの魔石を【宅配ボックス】に入れることにしたのだった。



 ◆



「よし、いいか? 入れるぞ」


「はい、サトウ様」


「お兄ちゃん、もったいぶらないで早くしてよね」



 ――――――



「おっ、これは!」


 何と、レベルは一気に48に! 一日当たりの購入金額の上限は、8,800円にまで上昇していた。

 これで他の食材の分を差し引いてたとしても、一日当たり袋ラーメン200個以上の仕入れが可能だろう。

 そしてスキルは、レベル30と40をそれぞれ越えた時点で貰えるはずなのだが。


 え? これって……。


「サトウさま」


「お兄ちゃん、何か話が違うじゃない」


「た、確かに……」


 この度の【スキル】も、またもや意外すぎたのだった。

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