第2章 第5話 溢れる思い

「よう! 俺が王都でギルドマスターをしているハーネスってもんだ」


 翌日、メスカルたちに案内されてギルド本部の面々が視察に訪れた。ハーネスはもとA級冒険者パーティーのリーダーをしていたという。

 引退したとはいえ、今も鍛えているらしく胸板が厚い。元は“まな板”と異名を持つ分厚い大剣の使い手だったとか。


「ところで、ダンジョンがギルドの管轄なのは知っているな。いつの間にこんな所に店を開いたんだ?」


「いや、それは……」


 メスカルが慌てて間に入ろうとするが、お付きのギルド関係者たちにやんわりと制される。



「お話しできることは、全てお話します」


「なるほど……とにかくそれでもかまわない。じっくり聞こうじゃないか」


 ハーネスはそう言うと両手を組んで俺を見据えたのだった。



 ◆



「はじめまして。サトウといいます。こっちは店を手伝ってもらっているクリスです」


「よろしくお願いします」


 湯呑と煎餅の入った菓子皿をみんなの前に置くと、クリスはぺこりとお辞儀して俺の隣に座った。


 そして俺は、正直に全てを話したのだった。


 メスカルが言ったように、やはりギルドとしては、この『洞窟亭』を本部直轄の店にしたいのだそうだ。

 俺は『洞窟亭』の店長として支部長、店を手伝っているクリスは受付嬢並みの待遇として迎えたいという。

 当然、俺のスキル【挨拶あいさつ】のことも包み隠さず話した。


「正直、ここは無許可営業しているんだが……ギルド本部ウチとしても、これだけの冒険者が支持してくれている店をつぶすわけにもいかない」


 当然ながら、俺とハーネスとのやり取りは、クリスを挟んでの間接的なモノになった。

 非常にややこしいが、仕方ない。


「冒険者の皆さんにはいつも『洞窟亭ウチ』をごひいきにしていただいて、ありがとうございます」


「いや、こちらが一方的に世話になっているだけなんだがな」


 ハーネスはそう言って俺に視線を向けたあと、すぐにクリスに向き直して言葉を続けた。


「メスカルからも話があったかと思うが、騎士団の連中がうるさいんだ。もともとダンジョンは犯罪の温床とか言われているからなあ。こっちで起きた問題は俺たちの方で何とかすることになっているんだ。そんな訳で、ダンジョンでの無許可営業を認めるわけもいかんだろう。それこそ、騎士団がブちぎれて、乗り込んでくるかも知れん」


「ならば、あくまで『洞窟亭』は、ギルドの協力店ということにしていただけませんか」


「それで本当にいいのか」


「それで構いません」


「……説得は時間の無駄のようだな」


「はい。それより『洞窟亭ウチ』の袋ラーメンをごちそうしたいのですが、食べていってくれませんか」


 そして俺は、メスカルを立会人とし、クリスと共に書類にサインしたのだった。



 ◆



「サトウさん、あんた本当にこれでいいのか?」


 ハーネスをはじめ、ギルド本部の幹部たちがお腹をさすりながら『洞窟亭』を後にした後、メスカルが心配そうに声をかけてきた。


「俺は好きにやりたいんだ。何だか肩の荷が下りてすっきりした気分だよ」


 この日、俺とギルドとの間で結ばれたのは、ギルドへの加入ではなく協力。『洞窟亭』は今までと変わらず営業を続けるが、俺が店長兼支部長になったり、ギルドの職員や冒険者がこちらで働いてくれるとかは無い。


 俺からすれば、これまで通りの営業を認めてもらったということだけである。



 ◆



 メスカルたちも帰り、『洞窟亭』は俺たちだけになった。


(今日は、さぬきうどんを初めから三玉茹でようかな)


 精神的にかなり疲労した俺は、今日の夕飯もスキルのおかげで体力を使わない麺料理にしようかと考えていた。


「キュイキュイ、キューイ♪」


 静かな店内では、キュイがゆっくり転がりながら、ご機嫌で床掃除をしてくれている。


 そして、最近元気のないクリスは、テーブルを整えると俺の前にやって来た。ぎゅっと両の拳を握りしめ、俺の顔をまっすぐに見据えた。


「あ、あの、サトウ様……。サトウ様がいつか、異世界へお帰りになられることは、お止めはしません。ですが、ですが……」


「うん?」


「あ、あの……サトウ様が故郷である異世界にお帰りになられる際、私も連れて行っていただけないでしょうか!」


「えっ?!」


「一目だけでもサトウ様の故郷を見たくて」


「ち、ちょっと待って、クリス」


「サトウ様はご自分のことをあまりお話しになられませんから」


「キュイ~」


「は、はうう……」


 クリスは、俺の返事も聞かず、胸に飛び込んできたキュイを抱えたまま、小走りで自分の部屋に駆け込んでしまったのだった。

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