第2章 第4話 涙

「でも、俺たちがギルドに入るとなると、その騎士団や公爵家を敵にまわすんじゃないか?」


「サトウさん、何言ってんだよ。もうとっくに敵対されてるって!」


「「え?! ええ~っ!」」


「だから、サトウさんは、自分を守るためにもギルドに入るしかないんだって!」


 メスカルが言うには『洞窟亭』を、そのままギルドの支店もしくは出張所のような形にするのが一番いいらしい。ギルド本部もその方向で考えているそうだ。


 そして、その場合、支店長または出張所の所長は俺が務める。当然『洞窟亭』には、不測の事態に備えて腕の立つ冒険者に常駐してもらう。


 俺はこの世界でギルドの幹部という、かなりの高ステータスな肩書と収入を得ることが出来る上に、身の安全も守られるというのだ。


「それだけじゃねえ。ギルドの支部長としての俸給に加え『洞窟亭』の売り上げも、これまで通りサトウさんの所に入るよう、交渉してみるつもりだ。どうだ、悪い話じゃねえだろ」


 確かにメスカルの提案は魅力的だ。


 ちなみにギルドの正規職員というのは、イメージ的にはJAの職員が近いのかも知れない。それに加えて『洞窟亭』からの収入が加われば、左団扇の生活ができるかも?!


 ギルド側からすると、『洞窟亭』を傘下に収めることによって、『あおの洞窟』の十階層に強力な橋頭保を確保することができる。ダンジョンの完全踏破も時間の問題だろう。


 これは、十二分に美味しい話である。


 しかも『洞窟亭』からほど近い『ベース』に大規模な宿泊施設を建設する計画まであるらしい。


 果たして世の中そんなに上手く行くものだろうか。


 クリスが不安そうな表情をしているのも気になる。


 しかし、そんな俺たちのことなどお構いなしにメスカルたちは、俺のギルド入りは既定事項のように話をすすめようとしてくる。


「とにかく、サトウさんが有利になるよう事を運ぶには、少しでも早い方がいいんだ」


「そうですよ! しかも、ここがギルドの支部になれば、私がいつでもサトウ様のお手伝いに入ることができます! なんなら住み込みでも構いません」


「結構ですっ!」


 クリスは、“バン”とテーブルに両手をつき、ロゼの提案を真っ向から拒否した。


 俺も、さすがにロゼの申し出は、悪いような気がする。


「ロゼがウチに手伝いに来てくれたら、メスカルたちも色々困るんじゃあ……」


 ロゼは冒険者パーティーにおける攻撃魔法担当のはず。メスカルもガイルも魔法は使えないらしいから、彼女が抜けるのは、何かと問題だろう。


「いや、それがな……。実は、俺たちは冒険者を近いうちに引退する予定なんだ」


 何とメスカルはギルド本部の副ギルド長に、ロゼとガイルも上級職員として、それぞれ内定をもらっているのだとか。


「まあ、はっきり言ってそれだけ『洞窟亭』の存在が大きいんだ。俺たちが最初の客としてこの店を見つけてギルドに紹介したことは、今のギルマスが『あおの洞窟』を発見したことの次に評価されている」


「そんな、まさか、そこまでとは……」


「『洞窟亭』の存在はそこまで大きいんですよ」


「…………」


 もともとおしゃべりなメスカルだけならともかく、ロゼに加え、口数が少なくて実直を絵にかいたようなガイルまで同じ意見のようだ。


「で、どうする? 明日の視察では他にも色々とあるだろうが、一番肝心になのは、サトウさんがギルドに加入するかどうかだ」


「もし、断れば?」


「おいおい、こんないい条件の話、断る奴はいねえだろ」


 どうやらメスカルは、俺のギルド加入を見越し、何か希望や条件があるなら、少しでも俺に有利になるよう事前に調整しに来てくれたようだ。


 しかし、俺は、これ以上この世界でしがらみを作りたくない。都合のいい時だけギルドに守ってもらい、時期が来たら元の世界に戻るなんて虫が良すぎると思う。

 第一、いくら騎士団や公爵家を敵にまわそうが【聖域化】によるセーフティースペースに居る限りは、俺たちの身は安全だと思う。


 正直、俺はクリスと『洞窟亭』で食堂を営業する今の生活が楽しいし、出来るなら一生今の生活を続けたいという気持ちがある。何だか大学の学祭をやっているように思えるときもあるくらいなのだ。


 ただ……果たしてそれは、本当にいいことなのだろうか? 俺のためにも、そしてクリスのためにも。

 物語は、永遠エターナルではいられない。いつかは完結するのが正しい姿だと思う。


「メスカルの好意は痛いほどわかるよ。本当にありがとう。でも、俺はこのダンジョンの素材を集めてレベルを上げたら、元の世界に帰るつもりなんだ」


(え?! クリス……)


 俺の言葉が終わらないうちに、クリスの瞳から涙が一筋流れたのだった。

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