第2章 第3話 ギルド勧誘

「何だか今日はやけに多いな」


「はい、特に初めてのお客様が大半ですね。何かあったのでしょうか」


「理由は分からないんだけど、今度メスカルたちに椅子やテーブルセットを頼んだ方がいいかもな」


「是非お願いします!」


「キュイ、キュイ、キューイ!」


 ありがたいことに、今日は『洞窟亭』開店以来、初めて行列が出来た。たくさんのお客さんを前に、キュイも嬉しそうに飛び跳ねている。


 ただ、このまま繁盛が続けば、四人掛けのテーブルが三組とカウンターだけではすぐに手狭になりそう。

 それでも【麺料理】のスキルを持つ俺が担当する厨房は当分大丈夫だろうが、ひとりで接客しているクリスが大変になることは、想像に難くない。


 手の空いたときなど俺も手伝うのだが、そんなときは、男性冒険者の皆さんからの“クリスが良かった~”という心の声が届く。

 かといって俺がホールに入ったところで、女性冒険者の皆さんから特に喜ばれていないのが悲しい所である。


「ついでに、ウエイトレスも募集した方がいいかもな」


「絶対にお断りします!」


 いくら聞いても教えてくれなかったため理由は不明だが、とにかくクリスはたとえ忙しくても今のままがいいらしい。


 せめてものこととして、お冷はセルフに。そしてテーブルを拭いたり食器を下げたりすることは俺が手伝うことにしたのだった。



 ◆



「おーい! サトウさん大変だ!」


 そして、この日の夕刻、そろそろ店じまいをしようかというタイミングで、メスカルたちが息せき切って飛び込んできた。


「とにかく大変なんだ! ギルマスが視察に来ることになった! しかも明日!」


「ギルマスって、ギルドマスターのことですよね。何かまずいことでもあるんのですか?」


「いや、ギルマスが来ること自体は大したことは無いんだ。あえて言うなら、無許可営業くらいかな。まあ、この件に関しちゃ目をつぶるって言ってくれている。それより問題は騎士団だ」


「騎士団が、どうして? とにかくみんな座ってよ」


 あまりの急な展開に、俺は頭が追いついていない。大体この世界に来てから騎士団の関係者には会ったことすらないのだ。


「サトウ様……」


 クリスもギルドや騎士団の上層部に関する情報には疎うといらしく、俺の横で不安そうな顔をしている。


「あいつらは国の正規軍。俺たちと違って生活が安定しているいい御身分なんだが、そんなことより上が厄介でな」


 騎士団を統括するのは、王家に最も近い公爵家。そして、ギルドを統括しているのは今売り出し中の侯爵家だという。

 現在王国の宮廷内では、公爵家と侯爵家という二つの勢力が、互いに火花を散らせているらしい。


 正直、俺はそんな国の政争になんて巻き込まれたくない。会社の派閥争いだけでうんざりしてたくらいなのだ。


「『あおの洞窟』内にこんな店ができたとなりゃ、当然ダンジョンの補給基地となることは明白。結果、ダンジョンの下層への攻略がはかどり、ギルドが潤うことになる。ここまではわかるよな」


「もちろん」


「そこまでは、私もわかります」


「でだ。ギルドが潤うってことは、その後ろ盾の侯爵家の力が増すってことだ。当然公爵家側からすりゃ面白くない」


「「…………」」


「サトウ様、聞いてくださいよ~。もともと公爵家が管轄する騎士団っていうのは、軍隊だけじゃなく国内の治安維持の役割も持ってて、いつも私たち冒険者やダンジョンのことを、犯罪の温床として目の敵にしているんです。こんなのひどいと思いませんか!」


 たまりかねたように口を開いたロゼも騎士団に関しては嫌な思い出があるらしく、頬を膨らましてムッとした顔をしている。


 ガイルもその横で、腕組みをしながら大きくうなずいている。


「確かにダンジョン内では何があろうと、証拠が残りにくいのは事実でしょうね」


「その通り。さすがサトウさんは察しがいい。騎士団はダンジョン内の犯罪捜査や治安維持に絡みたいらしいんだが、ギルドとしちゃあ、そこは自分たちで何とかしたいと思っているんだ。なんてったって自分たちの縄張りだしな」


 そう言うとメスカルは身を乗り出し、俺を真っすぐに見据えた。


「ギルマスが来る前に俺がここに来た理由なんだが……。サトウさん、あんたウチのギルドに入る気はないか?」


「……え?!」

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