第2章 第1話 ギルド

「ねえねえ先輩! 営業の佐藤さんって、ちょっと良くありませんか」


「佐藤君って私と同期の?」


「はい! 私の周りでも佐藤先輩のこと良いっていう子多いんですよね~♪」


「まあ……親切で優しいし、仕事も頑張っているし、背も高い方でルックスも悪くないし……」


「ですよね! ですよね! しかもよく見ると佐藤先輩って結構イケメンだし!」


「私も佐藤君のこと、人間的には好きよ。いい人だもん。ただ、内面も外見も悪くはないけど……私は別の意味で”いい”わ」


「えっ、どうしてですか?!」


「だって佐藤君って何か物足りないよのね。優しいっていうより、頼りないっていうか……やっぱ、いい人止まりかな」


「そりゃ先輩ってワイルドでたくましい人が好みですからね!」


「……こ、こほん。とにかく佐藤君が本当に優良物件なら、もうとっくに売約済みよ」


「確かに、佐藤さんには浮いた話ひとつありませんけど……。でも、まったく女の影が無いのって、私たちからしたらチャンスじゃないですか!」


「はあ~っ。あんた、まだ男をわかってないわ。そこそこ高スペックなのに女っ気の無いアラサー男子って、何か問題抱えてるに決まってるじゃない」


「出た、先輩お得意の決め打ち発言! 私は人権的にやばいと思いますので、ノーコメントにさせて頂きます」


「チッ! 守りに入りやがって!」


「でも、そこまで言われると、何だか私も佐藤先輩のこと、本当にいい人止まりなのかなって思えてきました。……はあ~っ、どこかに白馬に乗ったスパダリが売れ残ってないかなあ」


「あ、あのね……。私の話、ちゃんと聞いてた?! 念押ししておくけど、完全フリーなスパダリなんて、現代日本げんじつせかいには存在しないよ。そんなの『異世界恋愛フィクション』ジャンルにしか売れ残ってないんだから」


「はあ~ん! 私の“ささやか”な夢を壊さないでください!」


「スパダリ狙いのどこがささやかだ! 身の程をわきまえなさい!」


「はいい~いっ」



 ――――――



 俺はこの日、上司から新規プロジェクトについて聞かされたばかり。


 有頂天になって内心スキップしながらも、気を抜くとにやけそうになる顔に気を付け、昼休みの社内をいつもどおり歩いていた。

 そんなとき、不意に隣から俺の名前が漏れ聞こえてきた場合、つい聞き耳を立ててしまうのが人情ってものだろう。


 午後から使う予定のミーティングルーム。

 今は空いているはずだから、次の会議に備えて総務が準備してくれているのだろう。


 どうやら、声からして同期と後輩の女子二人のようだ。



(ふふふ……全く仕方がないなあ)



「人の口には戸が立てられない」とはよく言ったものだ。いくら、世間のうわさや評判は止めることはできないとはいえ、誰だ口の軽い奴は。おかげで俺の評判、ダダ漏れなんですけど~♪


 いつものように、さっさと立ち去れば良かったものを、やれやれといった風を装いつつ、うっかり、ガールズトークに聞き耳を立ててしまった俺は、かくして心に深手を負ったのだった。



 ◆



「サトウ様、晩ご飯が出来ました~♪」


 思いがけず、俺の部屋の玄関が『あおの洞窟』に繋がってしまった後、思わぬ形で転がり込んできたクリス。

 最近ようやく電化製品(魔道具)の使い方もマスターし、今日の夕飯も俺に代わって故郷のディナーを作ってくれた。

 こんな俺に対しても、いつも笑顔を絶やさないクリスに対しては、流石に鈍感な俺でも好意を持ってくれていることは分かる。

 しかし、完全フリーなアラサー男子の俺なんて、どうせ「いい人」止まりだとも思うのだ。


 思い返せば、いつも俺は女子から「いい人」止まり扱いされていたように思う。

 バレンタインデーなんて、まともなものをくれたのは実の妹くらいだし。


 ……という訳で、俺はクリスのことを、異世界に出来た妹だと思うように努めているのである。



 ◆



「ま、まじか!」


「おい、あの話聞いたか?」


 王都に集う冒険者の間では、『あおの洞窟』内に店が出来たという噂が広まっていた。 


「王都の最高級レストランより味は上だそうだ」


「いくら何でもそりゃ言い過ぎだろ、大体、お前がそんなレストランに入れるわけねえし」


「ぎゃはははは!」


「そりゃそうだ!」


 この日もギルド本部に併設された酒場では、冒険者たちが昼間から酒をあおり、噂話に花を咲かせている。


「しかし信じられんな。腹を空かせて夢でも見たんじゃねのか?」


「いや、俺たちだけじゃねえ。メスカルたちも行ったって話だ」


「それ、本当か?」


「間違いないって話だぞ」


 危険と隣り合わせの冒険者稼業は情報こそ命。良きにしろ悪きにしろ、とにかく噂はすぐに広がる。


「しかもだ、高級レストラン顔負けの料理に水袋満杯の補給で僅か1,000ギルなのだと」


「そんな話信じられるかよ。もし本当なら王都で店を開きゃいいんだ」


「そうそう! なんでわざわざダンジョンの十階層に店を出す必要があるんだよ」


「そこは流石にわからんが、噂じゃ店主はシャーマンらしい」


「おい、さすがにそこまでいけば、誰も信じんぞ」





「ギルマス、それって……」


「まあ、そういうことだ」


 そんな喧噪の一階フロアをよそに、二階にあるギルドマスター専用の応接室で、メスカルが脂汗を流していたのだった。

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