第23話 キュイ
「サトウ様、今日も申し訳ありません~」
クリスはそう言うと今日も俺の部屋にゴミ袋を運んできた。
俺が異世界アースガリアに来てから数か月。よくよく考えてみれば、ずっと袋ラーメンをはじめ、この世界にない様々な食べ物を取り寄せている。
よって、必ず出てくるのがプラゴミの問題。
傷むものではないが、何分かさばるので困っている。
他に適当な置き場所もないので、今のところはゴミ袋に入れて俺の部屋に置くことにしているのだった。
「お客様に、お料理としてお出しした分のゴミを持ち帰ってもらうのはいかがでしょうか」
「いや、それもやっぱ悪いよ」
ゴミ袋まで指定されている上、決められた時間以外は出せなかった世界から来たせいなのだろうか。
本来この世界にあるはずもない素材のゴミを、持ち帰ってもらうのはどうかと思う。やはりゴミは
「とにかく、腐って異臭が出たりしないゴミは、ひとまず俺の部屋でいいよ。ここの和室が一番広いんだし」
こうして俺の部屋には毎日少しずつゴミ袋が増えていったのだが、そんなある日のこと……。
◆
“べちゃっ”
「きゅい!」
“べちゃっ、べちゃっ”
「きゅい、きゅい!」
「……ん?」
朝っぱらから外で音がするような気がする。どうも玄関先が騒がしい。目をこすりながら、起き上がったところに、クリスがやって来た。
「サトウ様、外で何か音が」
「うん。クリスおはよう。見てみようか」
「はい」
相変わらず、クリスは俺の高校時代のジャージを、部屋着兼パジャマにしている。
ジャージの裾をもぞもぞとしつつ、不安そうな顔のクリス。
「しかし一体何でしょうか」
「玄関先はセーフティースペースなんだけどな」
“べちゃっ”
「きゅい!」
“べちゃっ、べちゃっ”
「きゅい、きゅい!」
玄関のドアの外からは、小動物のような鳴き声に加えて、柔らかいものが外からドアにぶつけられているような音がする。
俺とクリスがそっとドアを開けてみると、玄関先に子犬くらいの大きさのスライムがぽよんぽよん跳ねていた。
スライムは俺たちに気付いたのか、透明で水色の体をぷるぷる震わせながら、じーっとこっちを向いている。
「このスライムもしかして……」
「何だ?」
「きゅーい!」
スライムは一声鳴くと、クリスの胸に飛び込んでいった。
「きゃっ! あ、やっぱりこの子、私と目が合ったスライムちゃんです!」
クリスによると『ゴキブリスイスイ』にひっかかり、逃がしたスライムだそうだ。
「そ、そうなのか……?」
「サトウ様、間違いありません」
それにしては、いささか大きすぎると思うのだが。
クリスによると、スライムは環境によって成長速度にかなり差が出るものらしい。 エサが豊富な環境だと、すぐに大きくなるのだとか。
このスライムはひょっとしてあの後、お客に紛れてセーフティースペースに入って来たまま、人知れず居ついていたのかも知れない。
「きゅい、きゅい、きゅい!」
おそらく、ここで客が落としたラーメンの麺やこぼした汁を食べて大きく育ったのだろう。
今まで人目のある所では、石畳の床や石壁と同化していていたため気付かなかったようだ。
よくよく考えてみれば、このセーフティースペースで店を出して以降、俺もクリスも床掃除をした記憶がない。
にもかかわらずこんなに綺麗なのは、スライムのおかげなのだろう。どうやら大きく育ちすぎて、同化が出来なくなったよう。
今も俺たちの目の前でぽよぽよしている。
「そういやスライムは何でも食べるのか?」
「基本は人間や動物が食べるモノなら何でも食べますが」
「じゃあ、ゴミはどうなんだろう」
「さあ……。野菜くずとかは食べると思いますが」
もしかして、ウチで大量に出ているプラごみまで食べてくれるのだろうか。
「おいで」
「きゅい、きゅい、きゅい!」
とても人懐っこいスライムらしく、俺が呼ぶとこっちに来てくれた。
「おおよしよし、可愛いなあ。さあお食べ」
「きゅ、きゅーい!」
試しにラーメンの袋をやってみると「するっ」という感じで取り込んでくれた。透明な体内に滑るように取り込まれたと思うと、しゅわっと一瞬で溶ける様子がまるわかりである。この世界のスライムって、なんて不思議な生態をしてるんだ?!
「きゅい、きゅい、きゅーい!」
ビニール袋を取り込んだスライムは、尚も嬉しそうに俺の周囲を飛び跳ねている。
どうやらお替りが欲しいらしい。
「サトウ様、どうやらこの透明な袋は、キュイの大好物みたいです!」
いつの間にか、このスライムの名前はキュイになった。
それから俺たちは、カップラーメンの容器や袋ラーメンの袋などを試してみたのだが、どうもキュイは異世界のプラ容器が好物のよう。
「きゅーい!」
キュイは、たくさんエサを貰えてうれしいのか、元気に跳ね回っている。
「サトウ様、キュイをここで飼ってもいいですか? 私、責任もって面倒見ますから」
クリスはそう言うと、キュイをぎゅっと抱きしめた。
「もちろんだよ。 キュイ、俺からもよろしくな!」
「ありがとうございます~♪」
こうして『洞窟亭』に新たな従業員が加わったのだった。
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