第21話 白狼族の若 その2

「どうぞ。お茶です」


「すまんな。……熱っ」


 食後のお茶と煎餅を出しながら、俺は『若』様としばらく話をすることが出来た。

 どうやらガスパウロは猫舌のようで、湯呑を両手で抱えて慎重にお茶をすすっている。

 ラゴスとレイナは、それぞれトイレやシャワーに行っているので、俺とガスパウロの二人きりである。


「妹に結婚祝いを贈りたくてな。わしなりに色々と考えたのだが、やはりダンジョンで自分が倒したドラゴンの魔石が一番いいと思ったのだ。やはり、男は腕っぷしが強くてはの。店主もそう思うだろう」


 そう言って、ガスパウロは、右腕の裾をまくり上げた。はち切れそうな上腕二頭筋は、プロレス団体でもスーパーヘビー級として十分に通用しそうな迫力。男が憧れる肉体とでもいうのだろうか。


 これまで、体を鍛えようと数々のトレーニングマシンに手を出しては、ことごとく失敗してきた俺には、まぶしすぎる身体である。実家の倉庫に、買ってはすぐに使わなくなった一人用トレーニング機材がいくつも封印されていることは内緒だ。


「その体格に食べっぷり。自分も男なら、かくありたいと憧れます!」


「店主殿もやはりそう思うか。さすがシャーマンだけあって気が合うの!」


「はい。ただ、自分はしがないサラリーマンなのですが」


「ふむ。やはり伝説のシャーマンなのか。……いや、みなまで言うな。ダンジョンで店を開くくらいじゃ。余程訳ありなのじゃろう」


 そう言って腕組みしながらひとり頷うなずくガスパウロ。


 この微妙に話がかみ合わないあたりが、スキル【言語理解】の限界なのだろうか。


「ところで、ガスパウロ様」


「何じゃ?」


「ダンジョンの中に出来た店なんて、罠かなんかだと思いませんでしたか?」


「ふむ?」


「怪しい店だと思われていないか心配でしたから」


「……ぶ、ぶはは!」


「え?」


「何ともおかしなことを。いや異世界から来られて間もないのだから当然か」


 ひとしきり大笑いした後、ガスパウロが言うには、お付きのラゴスとレイナも含め、三人とも白狼族でも指折りの武人なのだとか。


「店主殿には悪いが、この店はダンジョンの中に突然出来たものである以上、怪しいに決まっておるぞ。まあ、罠だとしてもどうということは無いがの。そもそも罠があるなら、どのようなものか見たいくらいじゃ!」


「軽挙は、なりませんぞ、若!」


「ラゴスの言う通りですわ。とはいえ、お世辞抜きで我らの中で一番強いのは若様ですけれど」


 いつの間にかラゴスとレイナも帰ってきたようだ。いつの間にか、席に着いてお茶をすすっている。


「これは自慢するわけではないのだが、我らはひとりでも十階層の魔物くらいならどうとでもなる。控え目に見ても三人でかかれば、ゴールドドラゴン一匹くらいなら何とかなるとさえ思っておる。もちろん金龍ゴールドドラゴンルには、まだ出会ったことは無いがな」


「ゴールドドラゴンですか!」


 俺の後ろでクリスが驚いていた。レイナにシャワーを案内したりするうち、白狼族に対するおびえもなくなったようだ。


 ちなみに、魔物の中でも最強種と呼ばれるドラゴンは、次のように分類されているという。


 ・アースドラゴン  危険級(今すぐ身の安全を確保してください)


 ・レッドドラゴン  避難級(直ちにこの場を離れてください)


 ・ブラックドラゴン 遭難級(犠牲を減らす行動を取ってください)


 ・ゴールドドラゴン 災害級(多大な犠牲が予想されます)


 ・グリーンドラゴン 天災級(どうすることもできません)


 ちなみに伝説ではアースガリアが今の姿になったのは、太古の昔にグリーンドラゴンが暴れたからだとされている。


 ただ、その存在は確認されておらず、UMA扱いなのだそう。現在生息が確認されている中での最強種はゴールドドラゴンだそうだ。


「ところでせっかく仲良くなったんだ。店主に俺のとっておきを見せてやろう。店の前にでも飾っておけば、厄除けくらいにはなるかもな」


 ガスパウロはそう言うと、両手の指をコキコキ鳴らし始めた。何でも彼の得意芸は、硬貨を二つに引きちぎることなんだとか。


「ま、マジですか?!」


「きゃ~っ!」


 この後、俺とクリスは金貨、銀貨、銅貨……と、若の十八番フルコースを見せてもらったのだった。



 ◆



「……ところで店主。わしらはケルベロスやグリフォンなら何匹か倒したが、アースドラゴンはまだ見つけてないのだ。なにしろ十五階層の魔物らしいからな。何か知らないか」


「そのあたりのことは、こちらにいるクリスが詳しいかと」


「は、はい、ここ数日で何件かの目撃例があります。私を含め、いずれも『ベース』近くの大廻廊で遭遇しています」


「ほう……ここからほど近いな。クリスとやら、恩に着るぞ。では、行くとするか」


 ガスパウロはそう言うと、おもむろに席を立ったのだった。



 ◆



「しかし本当にこれだけでいいのですかな。どうも桁がひとつ違うような気がしますが」


「これでもウチとしてはもらい過ぎなくらいです」


「し、しかし……白狼族である我らが店で支払いをけちるなど」


「これは正規の値段でして、これ以上頂くわけにはいきませんよ」


「しかしそれではこちらの体裁が」


「何とも無欲な店主よの。せめてあれを!」


 レジ前での俺とラゴスとのやり取りを聞いたガスパウロが、愉快そうに声を上げた。


「道すがら、適当に狩ったロックバードの魔石だ。代金としてではなく、記念にでも取っておいてくれ」


 俺のゲームやアニメの知識だが、ロックバードとはかなり強力な魔物のはず。その魔石となれば高価なものに違いない。


「そ、そんなこんな高価なもの、頂けないです」


(サトウ様!)


 なおも断ろうとする俺の袖を、クリスがちょんちょんと引いた。


「いや、店主殿、我らもただでこんなことする気はないぞ」


 そう言ってガスパウロは、いたずらっぽく片目をつぶる。


「我らは、アースドラゴンを求めてしばらくの間、このあたりを見て回る。何しろ我らは冒険者ではない以上、規約により十階層より下へは立ち入りが禁止されているのだからな。ちなみに夕飯はもう一度この店のスープパスタを食べたいと思っているのだが、どうかの」


「はい、喜んで!」


「では、夕食も楽しみにしているぞ」


「ですが若、くれぐれもあまり前に出られるのはお控えください」


「あら、ラゴス。若に任せとけば安心よ」


「こ、こら、レイナ! 何を言うのじゃ! 若がその気になられては一大事!」


「すまんラゴス。わしは最初から「その気」なのだが」


「それでこそ次期棟梁にふさわしいお姿ですわ~♪」


「若、お待ちを! 軽挙はこのラゴスが許しませぬぞ~!」


 こうして若様一行は、慌ただしく店を後にしていったのだった。

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