第20話 白狼族の若 その1

「えっ、まじか……」


「凄いです!」


 メスカルたちからもらったコヤスガイは、かなりの高級品だったようでレベルは8に上がった。


 これにより、一日当たりの購入金額は800円に。

 現状では、仕入れに困ることはなくなったが、目下の問題は所持金である。


 現在の金額が3,500ギルだから、数時間でマイナスになる。


 所持金が0を下回った場合、どうなるのか分からないが、身一つで、ダンジョンの中に放り出されるのかも知れない。


 何か【宅配ボックス】で、ギルを等価交換できそうなものは……。


 悩んだ末、ダーソンの掃除機を宅配ボックスに入れることにした。中古とはいえ、500円以上にはなるだろうと踏んでいたが、結果は1,000ギルで、ほっと胸をなでおろしたのだった。



 ◆



 翌日以降、冒険者パーティーが毎日2~3組訪れてくれるようになった。


 四人組の男性が多く、彼らは大抵二人前以上食べてくれるので商売は軌道に乗り出した。


 話によると『洞窟亭』はダンジョンの冒険者たちの間でそこそこ話題になっているようで、皆、メスカルたちが設置してくれたウチの看板を見て来てくれたという。


「この『袋ラーメン』初めて食べたけど、うめえ~!」


「この店大当たりじゃねえか?」


「正直、怪しすぎるだが、あのメスカルが言うだけあって間違いないな」


「ああ。あいつらはもうすぐB級になるらしいしな」


 今テーブルを囲んでいるD級冒険者の皆さんも、メスカルから話を聞いて来てくれたらしい。

 意外にもといっちゃ失礼だが、メスカルたちは冒険者の間ではなかなか信頼されているようだ。

 ギルドのランクは最上位がA級。B級といえば、現役でもトップの冒険者。

 それにしても、メスカルたちがB級で大丈夫なのだろうか。アースドラゴンから逃げたり、穴にはまって泥まみれになったりしてたけど……。


「なあ、クリス。冒険者って強さで級ランクが上がるもんじゃないのか?」


「もちろん、実績も必要ですが、それだけじゃないんです」


 どうやら、冒険者が上位の級ランクを得るのは、魔物を討伐したり、ギルドからの依頼をこなしたりするだけではないらしい。


 冒険者が腕っぷしひとつでのし上がれるのは、一般的にはC級まで。B級以上になるには、冒険者仲間やギルド職員たちからの推薦が必要だという。

 そして周囲から推薦される程の信頼を得るには実績に加えて、誠実でまじめな人柄や、気前の良さなどが大切なのだとか。


 どおりでメスカルがB級に推される訳だ。


 ちなみに実績として一番重要なのは、ギルドに対する貢献度。現ギルド長も元A級の冒険者だったのだが、彼の最大の実績は『あおの洞窟』の発見なのだそうだ。



「しかも、B級以上の冒険者ですと、貴族家や宮廷との付き合いも出てきますので社会的な責任が大きくなるんです」


「冒険者も上級となると大変だな」


「サトウさまならどんな偉い人とでも平気だと思いますよ。伝説のシャーマン様なんですから!」


「いや、俺なんてしがないサラリーマンなんだけど……」


「はい! もちろんです!」


「…………」



 そして一週間後、俺たちは文字通り大型の賓客を迎えることになったのだった。



 ◆



「若様こちらです」


「一応、お気を付けくださいませ」


「……」


 彼らは獣人族の三人組。狼の獣人だろうか。


 執事然とした振る舞いのシブい年配と、髪の綺麗なグラマーな女性、そしてその後には筋骨たくましい「若様」。呼ばれ方からして、かなり高い身分なのだろう。

 白のたれ耳ともふもふ尻尾の彼らは、全員コバルトブルーに輝く金属があしらわれた軽甲冑姿である。

 冒険者パーティーというより、戦場に赴く騎士団のような雰囲気。半端ない存在感である。


「サトウ様、白狼族です」


「白狼族?」


 クリスによると、白狼族は大陸でも1、2を争う強さ。その上、気難しいらしい。

 とにかく彼らに対しては、プライドを傷つけないような気配りが必要だという。


「どうしましょう~」


「大丈夫。クリスは表の看板を貸し切りにしておいて。接客は主に俺がするから」


 涙目のクリスをかばう俺なのだが、身分も戦闘力も半端なく高そうな彼らに対して、俺はそれほど緊張していない。


 そんなことより、彼らの耳と尻尾をもふりたい衝動をこらえているのは内緒だ。



「こちらは白狼族の次期頭領であられるガスパウロ様だ。食事と水の補給を頼みたい」


「さあ、若、こちらですわ」


「……」


 獣人族は遠目ながら何人か見かけたことがあるのだが、間近で接するのは初めてである。


 彼らは、耳と尻尾以外は人間と変わらないが、若と呼ばれているガスパウロは、身長が2メートル以上ありそう。少しおびえた様子のクリスに代わり、俺が接客することにした。

 これでも、サラリーマン時代、クレーム処理を担当してきた自負がある。何とかなるだろう。


「どうぞ。サービスのおひやです」


「この水は……おお、氷入りとは!」


「おいしい! 若も召し上がりくださいませ」


「ほう……店主、気に入った。我ら全員の水袋にも同じものを満たして欲しい!」


「承知しました。お食事は袋ラーメンとなっておりますが、いかがいたしましょうか」


「とにかくわしは、久しぶりに温かくて食べやすいものがいい。出来るだけ早くな」


「たのみましたぞ」


「期待してるわ~♪」


 俺は、三人に急き立てられるように、すぐさまキッチンに引き返したのだった。



 ◆



 ラーメンは、大なべに三玉分の袋ラーメンを入れて煮込み、各自お椀に取り分けてもらうようにするつもりだが、とても足りないだろう。

 調理している間、クリスに餅を焼いて出してもらうことにした。砂糖醤油の香ばしい香りが辺りに広がっている。


「若様、熱いのでお気を付けを」


「ラゴス、いつまでも子ども扱いするでない……って、熱っ!」


「もう、若様ったら(笑)」


「これ、レイナ。若様に対して失礼ですぞ」


「まあ、よいではないか。しかし、初めて食したが、これはなかなか美味びみじゃの」


 三人とも餅を食べるのは初めてだったようだが、どうやら気に入ってくれたみたいだ。


「お待ちどうさまです」


 俺が熱々の鍋を三人の前に置くと、皆待ちきれないように一斉にフォークをつけた。


「若様、これはなかなかですな」


「温まりますわ~」


「……熱っ! ウマっ! 店主、お替りを頼む!」


 三人はそのお替りもあっという間に完食し、俺はすぐさま袋ラーメンを更に三人前作ったのだったが……。


「店主、また同じものを頼む」


「はい、ただ今!」



 ――――――



「店主、お替りだ!」



 ――――――



 結局俺は、三人に対して、袋ラーメンを15袋も作ることになったのだった。

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