第15話 中学生カップルかっ?!

「おはようございます、サトウ様。今日はいろいろ魔道具の使い方を教えてください」


「よし!」


 いつもの体操服姿のクリス。どうやらお気に入りらしい。


 何の色気もない上下長袖のあずき色のジャージ。

 なのにどうしてここまで似合っているのか不思議だが、とにかく朝から眼福である。ありがとうございます。


「サトウ様、私、頑張ります!」


 ふんすとばかり、両手で握りこぶしをつくるクリス。


 昨日はお客が来なくて落ち込んでいたのだが、客が来ない今のうちにウチの家電製品の使い方を覚えたいらしい。


 いつもの食パンが無くなったことにより、今日の朝食は、ご飯とみそ汁と卵焼きという純和風な献立である。


「ご飯は昨日の晩に炊飯器でセットしていたから、もう炊けているよ」


「はい」


「クリス、これが『味噌』だ」


「は、はい」


「これをお椀わんに入れてポットで沸かしたお湯をかけると、味噌のスープである『味噌汁』ができる」


「は、は、はい」


「これインスタントで味気ないからさ。冷蔵庫にあるネギのみじん切りでも適当に入れて」


「は、は、はうう~」


 俺が一度に説明したものだから、クリスは頭の中がこんがらがってしまった模様。


「一度に言っちゃってごめん。毎日ちょっとずつ覚えてくれたらいいからな」


「はうう……申し訳ないです~」


「俺の方こそ悪かったよ。気にするな」


「はい。サトウ様……」


「……こんな説明しているようじゃ、プレゼンなんて上手く行くわけないか」


「は? え? プレゼントですか?」


「あっ! い、いやいやごめん! 俺のひとりごとだから、本当に気にしないでね。要するにクリスはなんにも悪くないということなんだから」


「は、はうう……」


 確かに、全く訳の分からない異世界の言葉を一度に言われても消化できる訳がない。涙目のクリスをフォローしながらも、反省しきりの俺なのだった。



 ◆



「……さてと、どうかな?」


 朝食を食べた後、ドキドキしながらホイホイシートを確認すると、そこには手のひらサイズのスライムがかかっていた。体はゼリーの様に透き通った水色。体の中心には黒ずんだ魔石らしいものが透けて見える。


 ところで、これどうしよう……。


 仕掛けに獲物がかかった喜びもつかの間、腕組みをしつつため息を漏らす俺。


 ダンジョンの魔物は殺して魔石を得るものらしいが、ホイホイシートにかかっているスライムは、「きゅーい、きゅっ、きゅー」とせつない声で鳴き(泣き?)ながら、プルプル震えている。


 罠にかかった自分に起こる不幸を憂い、震えて情けを乞うているようにも見える。


 なんだか殺すには忍びない。


「サトウ様、ここは私にお任せを!」


 困っている俺を察したクリスが、俺を庇うかのように前に出たのだが……。


「や、やっぱり駄目です~!」


 クリスが言うには、スライムと目が合ってしまったらしい。……って、スライムに目なんてあるのか?!

 よく見ると体の真ん中に小さな黒い点が二つ付いている。おそらくこれが目なのだろう。


「ごめんなさい。やっぱりできません~」


 これまでクリスが踏み潰したスライムたちは、あくまで「事故」でお亡くなりになったもの。クリスは故意に生き物の命を奪ったことなんて今まで一度も無いという。

 それでよく冒険者が務まっていたと思うが、回復役とはそういうものなのかも知れない。


 結局、俺はクリスと一緒に、スライムをダンジョンの通路に返してやることにしたのだった。



「きゅーい!」


 気のせいだろうか、スライムはお礼を言うように一度立ち止まって鳴いた後、元気よくダンジョンに帰っていった。


「あいつが、元気にダンジョンで暮らせることを祈ってやろう」


「はい。私もそれがいいと思います。あ、あの……サトウ様」


「ん?」


「サトウ様はお優しいんですね」


「え?」


「だから今朝も物覚えが悪い私にあんなにもお優しく……い、いえ何でもないです」


 そう言ってクリスは恥ずかしそうに俯きながら、下を向いてしまった。きれいな髪の毛先を指先でもてあそんでいる。


「クリス……」


「サトウ様……」


 そのまま、お互いちらちら顔を見合わせては目が合うたび、びくっと下を向く俺とクリス。


 中学生カップルか?!



 ――――――



 “ドンドンドン”


「おーい、開いてるか?!」


「返事がないなら、入っちゃうわよ~!」



 “カチャッ”



「こんにちは~!」


 ぎこちなく向かい合って俺たちに、待望のお客様が来てくれたのだった。

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