第16話 初来客は冒険者
「本当に入るの? 見るからに怪しいんだけど」
「当たり前だろ! 水も食料も切らしてるんだぞ」
「危ないって!」
「大丈夫だ。危険なんて無いぞ」
「どうだか。ガイルもそう思うでしょ」
「……」
「分かったわ。私が先に入る。その代わり罠だったら魔法をぶっ放すからね!」
◆
「「い、いらっしゃいませ~!」」
初来客に俺もクリスも声が上ずり気味だ。
そして初めてのお客様は、革の甲冑やマントを着込み、それぞれ剣や戦斧や杖を持った三人組の冒険者パーティー。
さしずめ、剣士(♂)、戦士(♂)、魔法使い(♀)といったところだろう。
俺の胸の中で、封印されし厨二ゴコロが躍りっぱなしなのは内緒である。
店内に入るや、不思議そうにきょろきょろ辺りを見回す三人。
全員、平気でセーフティースペースに入ってきているところを見ると、危険な人たちではなさそうだ。
ちなみに俺がいた元の世界では、店を開いて最初のお客が女の人なら縁起がいいなどと言われている。
果たして最初に店に足を踏み入れてくれたのは、黒のマントに帽子で、いかにも魔法使いといったいで立ちの女の子。
細身の杖を両手で握り、こちらを警戒するように鋭い視線を送ってきている。
「な、なんなのここは……」
「ようこそ『洞窟亭』へ!」
「おう、あんたが店主か?」
そう言って陽気に声をかけてきたのは剣士らしき男。俺より少し年上だろうか。使い込まれた革の軽甲冑に細身の片手剣を腰にさしている。
「俺はこのパーティーでリーダーをやらせてもらっているメスカルっていう者だ。これでもCランクなんだぜ」
「はじめまして。サトウと言います。皆さん、ご来店ありがとうございます」
「お、おう……。こっちの無口なのがガイルで、その後ろにいるのがロゼだ」
後ろで、大盾を背負った戦士風の男が無言でこちらを覗っている。
ちなみに魔法使いらしき女の子は、俺を見るや警戒するように大盾戦士の後ろに隠れてしまった。
「ダンジョンの中で店なんて初めてだ。よろしくな」
「こちらこそ」
(あれ?!)
メスカルから差し出された手を握り返した瞬間、何かふわっとした感覚がしたのだが、気のせいだろうか。
茶髪で巻き毛のメスカルは見た目はチャラそうに見えるが、握手した手は節くれだって皮が分厚い。いかにも本物の剣士の手という気がする。
「メスカル気を付けて! ダンジョンの中で店を出すなんて、いくらなんでも怪しすぎよ。しかも言うに事欠いてシャーマンだなんて!」
俺とメスカルが握手をするのを見て、戦士風の男の陰に隠れていた女の子が出てきた。
俺を指さしていきなり糾弾してくる。
「おいおい。サトウさんは悪い人じゃないぞ」
「何言ってるの。大体、シャーマンなんて本当にいるはずないでしょ! いいかげんなこと言って、だまそうとしているに違いないわ!」
「サトウ様に対するその発言。今すぐ取り消してください!」
クリスが大股でこちらにやって来た。
額に青筋立て、ロゼに詰め寄ろうとする。
普段もじもじしている姿を見慣れているせいか、俺は内心クリスの意外な姿に驚いていた。
「ロゼ! この人は大丈夫だと言ってるんだ。サトウさんに失礼だろうが」
「私は『シャーマンの店』ってのが信じられないの! 大体シャーマンなんて本当にいるはずないじゃん!」
「さ、サトウ様に対する数々の無礼な物言い、もう許せません!」
「クリス、いいから落ち着けって! お前もお客様に対して失礼だぞ!」
「だ、だって、サトウ様」
「……まあ、まあ」
いきなりの展開に、メスカルと俺、更にはガイルも入って何とか事なきを得た。
ロゼとクリスは相変わらず、ふてくされた様にそっぽを向いているのだが。
「見苦しいところを見せちまってすまねえな。俺たちは運悪くアースドラゴンに出会っちまってな。命からがら逃げて来たばかりなんだよ」
「やはり出ましたか」
「ああ。ギルドの資料じゃ確か十五階層にいるらしいんだけどな。ところで本当に、何か食わしてくれるのか?」
「今すぐ準備できるものは、カップラーメンくらいですが、構いませんか」
「カップラーメン? よくわからんがとにかく頼む」
俺は水袋を受け取ると、キッチンに向かう。入れ替わるようにクリスが水の入ったグラスを配った。
「水は注文してないんだが」
「あ、これはサービスなので無料です。足りなければ、こちらをどうぞ」
クリスはそう言いながら、2リットルのペットボトルをテーブルに置いた。
「お、おい。このコップガラスだよな。しかも氷が入っているし。こっちの大きなガラス瓶は軽くて柔らかいんだが……。さすがに別料金かな?」
「だから言わんこっちゃない。氷の入ったお水なんて、王都でも見たこと無いわよ。しかも、この後にもお料理がくるなんて、シャーマンだとかなんとか言って高いに決まっているでしょ! お金が足りないって!」
「でもな、見たところ危険がない上に、サトーさんは嘘をついている気配なんてないぞ」
「メスカルの【危険察知】は中でしょ! さっきもアースドラゴンに襲われたし」
「あいつは、完全にダンジョンと同化してたんだよ。しかもここ十階層だぞ。大体、お前なんてスキル持ってないだろうが!」
「私は、自分の直感を信じてるの!」
「……まあ、まあ」
カップラーメンにお湯を入れて持ってきたのだが、何やらメスカルたちのテーブルが騒がしい。
「お話中すいません。皆さん、カップラーメンが出来ました。熱いので気を付けてくださいね」
「え? もうできたのか! うひょーっ! いい匂いだ!」
「ちょっと待って! まだ料金を聞いてないわ!」
「水袋の補給と軽食で、ひとり1,000ギルです」
「え、ホントに……」
「ま、マジか! いくら何でも安すぎるだろ!」
「当たり前です! 何といってもサトウ様は普通のシャーマンなのです!」
ドヤ顔のクリスだが、俺としては「普通のサラリーマン」と言われているみたいで、少し恥ずかしいのだが。
――――――
「うま~っ!」
「お、美味しいっ!」
「……!」
三人はこの後、瞬く間にカップラーメンをスープの最後の一滴まで飲み干してくれたのだった。
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