第14話 開店しましたが……。

「クリス、そこ段差あるから気を付けてね」


「はい、サトウ様!」


 ダンジョンから帰って来た俺たちは、開店に向けダイニングにあるテーブルと椅子を運んでいた。


 アウトレットで買ったテーブルは四人用で椅子も四脚付いている。


 クリスによると、冒険者は、通常四~五人でパーティーを組むそうだ。もし五人組が来たときには、折り畳み式のパイプ椅子でも出すことにしようと思う。


「サトウ様、きっと上手く行きますよ」


「うん、そうなるといいな」


「はいっ!」


 どうやらクリスの機嫌も直ったようで、何事も無かったかのように、手伝ってくれている。意外と早く許してくれて良かった。


「ダンジョン内では固い黒パンや塩辛い干し肉くらいしか食べられないのが普通です。例えば私が最初にいただいたスープパスタなんてあり得ません」


『ベース』周辺は、十階層でも人流が多いとされる好立地。


 クリスによると、このダンジョンには一日あたりおよそ数百人の冒険者が訪れるという。この十階層まで来るのは、そのうち三分の一くらいだとか。


「ここに、お店があるなんてことが分かれば、皆さん押し寄せると思います。きっと大繁盛間違いなしですよ!」


 店を開くことは俺も考えていたが、クリスにそこまで言ってもらって開店への踏ん切りがついたのだ。


「サトウ様、ここにお店があることは外から分かりませんので、看板を出されてみればいかがでしょうか」


 俺はクリスのアドバイスに従い、押し入れから段ボールを引っ張り出して簡単な立て看板を作り、入り口のドアの横に設置した。


 ついつい忘れがちだが、【言語理解】のスキルは本当にありがたい。


 何しろ普段の日常会話に加えて、日本語を書く感覚で、この世界の言葉が書けるのだから。


 その看板がこちら。



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 シャーマンの店『洞窟亭』 

 水の補給と日替わり軽食 ダンジョンの素材持ち込み大歓迎!


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「……『洞窟亭』はともかく、“シャーマンの店”って、なんか変じゃないか?」


「いいえ。むしろ箔が付きます。シャーマン様は皆の憧れですから」


「シャーマンってそんなに人気があるのか」


「もちろんです! ダンジョン内でお店を出すなんて、逆にシャーマン様にしかできないことだと思います」



 こうしてめでたく『洞窟亭』は開店した。


 メニューはあくまで水の補給と『日替わり軽食』のみ。とりあえず、家にあるカップラーメンや袋ラーメンや夕食の残り物でも出してみようと思う。




 ――――――




「……なかなか来ないな」


「私が絶対にお客さんが来るなんて言って、ごめんなさい」


「まだ一日目だろう。気にするなよ。こういうのは最初のお客さんが付くまでが長いんだ」


「そういうものなのですね」


「誰かに見つけてもらって宣伝してもらえるまで仕方ないだろうな」




 半日経っても客が来ず、しょんぼりと肩を落とすクリス。俺はお店のことはひとまず脇に置いておいて話題を変えてみることにした。


「そういや、クリスが踏んずけたとかいうスライムはどれくらいの大きさだったんだ?」


「はい。およそ掌に乗るくらいでしょうか」


(ならば、これでいけるかも)


 俺はキッチンに行き、例のモノを取り出した。その名もゴキブリスイスイ。


 幸いなことに一週間前に設置したばかりなので、獲物はまだ一匹もかかっていない。


 この世界にもゴキブリに似た虫はいるそうだが、ダンジョン内には出ないそうなので、今の所不要だろう。


 屋根を取り外し平らに広げてドアの前のダンジョン通路に置いてみたのだった。



 ◆



「ごめん、クリス。今日の夕食はこれでいいか」


「もちろんです!」


 俺は棚からカップラーメンを取り出す。


 クリスに食べさせるのはどうかと躊躇ちゅうちょしたのだが、当の本人は目を輝かせている。念のためにもう一度賞味期限を確認したが大丈夫だった。


「すぐ作るから……って、今回は客に出すわけでもないし、クリスが作ってみるか?」


「はい! 初めての異世界のお料理、緊張しますが頑張ります!」


 料理といっても、沸騰したお湯を内側の線の所まで注ぐだけにもかかわらず、気合満点のクリス。きれいな銀髪をかきあげて、カップに顔を近づけると、慎重にお湯を注いでいく……。


「サトウ様、これでいいのでしょうか」


 蓋ふたをくると、しょう油ダシのいい香りが広がった。



「うん、美味い!」


「おいひぃです~」



 さすがの安定の味をすすりつつ、俺はクリスに変なトラウマが無いことに、ほっと胸をなでおろしたのだった。

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