第8話 俺にはやましい気持ちなんかないからな
俺は、この世のモノとは思えない、とんでもない北欧風の異世界美少女を前に、いまだによく事態がつかめていない。俺の記憶が確かなら、この女の子は、俺の家に居たいのだと?!
「あ、あの……。ここは2LDKだから、つまり同居となると……」
「ごめんなさいサトウ様、私ったら同棲なんて!」
「え、ど、同棲? 同居とか下宿とかじゃなくて?」
「え、あ、いや、ちが……。は、はうう……」
たちまち顔を赤らめて下を向くクリスと俺。
と、とにかく、ただでさえ心許ない生活なのに、いくら何でももう一人家に置く余裕なんてウチには無い……のだが。
いや、待てよ……。
日々減っていく所持金額。俺の財布とこの家にあるモノだけでは、いずれ限界が来るのは明白。
レベルを最大値である100まで上げて解放される【無限廻廊】から元の世界に戻るのが俺の目標ではあるが、その前に日々の生活を何とかしなければいけない。
クリスによれば、ここはダンジョンの真ん中にあたり、補給も極めて困難な場所だという。
ならば、ここで水や食料を冒険者たちに売れば生活できるのではないだろうか。
そして、商売するとなると、現地人であるクリスがいてくれた方が何かと有利に違いない。
いや、絶対にそうだ。間違いない。
しかも、冒険者たちからダンジョンで獲れたモノを譲ってもらって【宅配ボックス】に入れれば、危険な目に遭わずにレベルまで上げられたりして?!
元はと言えば、クリスに対して、俺が賞味期限を大幅に過ぎたカップ麺を与えたせいでこうなったのだ。しかも、おしり洗浄のことを説明せず、せっかくの付与を台無しにしてしまったことへの責任もある。
ここは、男らしくけじめをつけるべきではなかろうか。
……俺にはやましい気持ちなんかないからな。説得力は無いかも知れんが信じてくれ!
「と、とにかく、同居とかいう前にクリスのことを詳しく教えてくれないか」
「は、はい……」
◆
クリスの話によると、彼女は現役の冒険者だったのだが、つい最近、所属していたパーティーを解雇されたらしい。
「私はパーティーの皆さんにヒールをかける回復役だったのですが、最近、王都でとんでもない高性能のポーションが売られるようになったのです」
要するに、ポーションの技術革新により、冒険者パーティーでは回復役が不要になりつつあるという。
しかもけがを治すだけでなく、命さえ
パーティーに回復役を入れるより、これら新発売されたポーションを携行する方が便利で安上がりらしい。
「要するに私たちみたいに普通のヒールしか出来ない者は、用済みなのです」
「ち、ちょっと待った! クリスはその……ヒールでけがや毒を治せるのか?」
「はい。ですが私のヒールで治せるのは、ケガだけですが」
何を当たり前のことを? というように、小首をかしげるクリス。
その仕草もいちいち可愛いのですが。
「あの、クリス。俺にヒールを見せてくれないかな」
「はい……でも、治すようなところが見当たらないのですが」
またまた小首をかしげるクリス。
その仕草もこれまた……。
生憎、俺はどこもケガなどしていない。石壁を殴った際、手に擦り傷ができたがもう治っているし。
「あの、その……。これはどう?」
仕方がないので、手の甲を爪でさっと引っ掻いてクリスに差し出してみた。
「…………」
クリスは俺の手の甲を両手でおずおずと包むと、小さく詠唱を呟いた。
「おおおっ!」
やがて、クリスの両手の掌がぽおっと光り、少し温かくなってきた。
――――――
「はい、治りましたよ。サトウ様」
約十分後、クリスが手を放すと俺の手の甲の傷はやや薄くなったように見える。確かに効果はありそうだが、正直微妙だ。
クリスも自分のヒールが上手く披露できなかったせいか、顔を真っ赤にしてもじもじしている。なかなか俺の手を放してくれなかったのもそのせいだろう。
ここは話題を変えた方が良さそうだ。
「あ、ありがとうクリス。それにしても、今まで苦楽を共にしてきた仲間をクビにするなんてひどいよな」
「いえ、それが……」
クリスは、パーティーでの話し合いの上、お互い納得済みで退職金までもらったのだとか。例えるなら、円満退社に近い形だったようだ。
「でも、でも! 悔しかったんです」
クリスは、パーティーが『
そしてこの十階層でアースドラゴンと出くわして動転し、パーティーを見失ってひとりで逃げ回っていたのだとか。
クリスは【ヒール】(微弱)の他に【危険感知】(小)のスキルを持っているそうだが、今回危険を感知したときには、すでにアースドラゴンが真後ろで口を開けていたという。
「それで私は目が覚めたのです。私には冒険者は向いていない。これからは、別の道を歩もうと!」
両拳をきゅっと握って力を籠めるクリス。
アースドラゴンから命がけで逃げたせいで、元のパーティーや冒険者に対する未練はすっかり無くなったそうだ。余程怖かったのか、次は冒険者以外の仕事をしたいという。
「でも、クリスには家族もいるだろう。勝手なことしていいのか?」
「大丈夫です。これでも立派な大人なのですから」
「わかった。クリスさえよければ、しばらくここにいていいよ」
「ありがとうございます、サトウ様! 私、頑張ります!」
こうして、俺たちはダンジョンの十階層で同棲、いや同居生活を始めることになったのだった。
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