第7話 同棲?!
「ど、どうぞ……お茶です」
「は、はい」
「遠慮せず、召し上がってください」
「…………」
俺は見知らぬ女の子とちゃぶ台を挟んで向かい合っていた。ただでさえ、女性に対してほとんど免疫の無い俺は、どう対処したらいいのかわからないのだが。
というより、目の前の女の子が
「あ、あのう……」
「は、はうう……」
――――――
気まずい沈黙が流れる。俺は、この事態があまりにも唐突過ぎて心の準備が出来ていない。……ていうか、どうしてこうなった?!
目の前には、おそらく十代後半から二十代前半のやや幼さを残した女の子。
身長は俺の目の高さ辺りだから160センチくらい。
色白で
肩の下あたりまで伸びたきれいな銀髪が柔らかそうに輝いている。
耳はとがっていないが、どう見ても日本人じゃない。
「「あっ!!」」
頬を赤らめ、また下を向く。
――――――
「だ、だから、これって……一体どういうこと、なのかな……?」
「うっ……」
女の子は、俺の言葉に“ビクッ”と肩を震わせる。
別に問い詰めている訳ではなく、俺はおそるおそる聞いているに過ぎないのだが。
「じ、実は……」
彼女が言うには、要するにお尻シャワーの使い方がわからず、初めての体験に思わず取り乱して下半身をびしょ濡れにしてしまったということらしいのだが……。
ちょっと待て! おっさんどこ行った?!
そして、何で俺の目の前にこんな美少女がいるんだ? まさか、あのおっさんとこの子が同一人物なんてこと、あり得……るのか?
ここは『アースガリア』とかいう異世界。元の世界の常識や尺度では考えてはいけないのかも知れない。
女の子は下半身をぐっしょり濡らしてしまったため、取りあえず俺のボクサーブリーフ(*未使用品)にジャージのズボンをはいてもらっている。
ちなみにこのジャージは、タンスの奥から中学時代の体操服を引っ張り出してきたもの。物持ちが良くてホント良かった。
異世界の美少女が、あずき色に二本の白いラインの入ったジャージのズボンを穿いている姿は、シュールとしか言いようがない。
しかもこのジャージは母校の校章と『佐藤』の名前入り。サイズ的にこれが一番ぴったりなのだから仕方ない。
「……で、一体どういう事なんだ? 君の名前は? どうしてここに? ドワーフを知らないか? クリスって名前なんだけど……」
「さ、サトウ様……」
「俺の名前を知ってるってことは、やっぱり……」
「はい。その、クリスは私です。はうう……」
とにかく、あのドワーフのおっさんの正体が、この目の前でもじもじしている美少女ということらしい。確かに状況的にはそうだとしても、感覚として受け入れがたいものがある。
「と、とにかく事情を詳しく教えて欲しいんだけど」
「はい」
クリスは、下を向いたまま俺の言葉に小さく頷うなづくと、ゆっくり口を開いたのだった。
◆
何でも、クリスは賞味期限切れのカップ麺を食べた後、トイレに行きたくなった。
無事用を足した後、うっかりウォシュレットのボタンを押してしまったそうで、初めてのことに取り乱してしまったらしい。
しかし、何であの厳ついおっさんがこんな美少女になっているんだ? いくら異世界とはいえ、ついて行けないのだが……。
「とにかく、俺にわかるようにもう少し前から説明してくれないか」
「は、はうう……」
彼女によれば、このダンジョンの十階層で本来十五階層にいるはずのアースドラゴンに出くわし、逃げてきたという。
「それにしても、ドワーフのおっさん……いや男性が、どうしてこんな美少女……いや女性になったんだ?」
「び、美少女……わ、私がでしょうかっ?!」
「だ、だから、どうしてこんなに可愛い……」
「か、可愛いなんて、この私が?! は、はうう……」
……一体いつになったら、話が前にすすむんだ?!
――――――
「もしかして、サトウ様がおっしゃっているのは、あのことでしょうか?」
そして、俺が淹れたお茶がぬるくなった頃、ようやく俺の疑問にクリスが俯きながらも、部屋の隅に置いた革鎧を指さしてくれた。
この鎧には特殊な魔法が付与されているらしく、装備すると付与された姿に応じた様に見えるのだとか。今は水浸しになったせいで付与の効果が切れているらしい。一度切れてしまえば、乾かしても元に戻らないという。
「しかし、水がかかれば消える付与なんてあるのか?」
「ダンジョンの中では雨が降りませんし、何より簡易付与は安かったものですから」
◆
「……とにかく、クリスは付与の付いた鎧を着て、このダンジョンに潜ったんだな」
「はい。女性がひとりでダンジョンに潜ると、男性冒険者に侮られることもありますから。なるべく自分とは正反対の男らしくて強そうな姿が付与されている鎧を買ったのです」
この鎧に付与された魔法は、視覚だけでなく聴覚にも働きかけるというが、悲しいかな中身は変わらないという。
「ですから、見た目や声は強そうなドワーフの戦士でも、中身は弱いままです」
成る程……。どおりで、むさいおっさんの割にクリスなんて可愛らしい響きの名前だったり、掌が柔らかかったりした訳だ。武器の剣も細いと思っていたが、よく見ると杖だったし。
「でも、せっかくの付与が台無しになっちゃって申し訳ない」
「めっそうもありません、どうか顔をお上げください」
ぺこりと頭を下げる俺に、慌ててぶんぶん掌を振るクリス。
「で、クリスはこれからどうするつもりだ」
「はうう……。実は私、このダンジョンの入り口まで無事に戻る自信がないのです~」
申し訳なさそうに俯うつむくクリス。目には小さく涙も浮かべているのだが、その話は、おっさんの姿のときも聞いたぞ。
「……あ、あの……一緒に入り口まで戻って頂けるのが難しいのでしたら……私をしばらくの間、ここに置いてはいただけないでしょうか」
「何だって?!」
「ご、ごめんなさい! サトウ様のご迷惑も顧みず、私ったらなんてことを!」
両手で顔を覆って身をよじるクリス。
「ど、同居……。この部屋で、俺と君が?!」
「……あ、え? さ、サトウ様、大丈夫ですか? サトウ様!」
俺は、あまりのことに、しばらく固まってしまったのだった。
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