第6話 ドアをあけたらいきなり美少女
「しかし、本当にシャーマン様は無欲なお方ですね」
「いや、俺はいたって普通だと思うよ」
「と、言われますと、普通にシャーマンをされておられるのですか!」
「だから、俺は、普通のサラリーマンなの!」
「要するに、普通のシャーマン様ということなのですね!」
いくら俺が「サ・ラ・リー・マ・ン」と言ってもこのおっさんには「シ・ャー・ア・マ・ン」と聞こえるらしい。
これがスキル【言語理解】の限界なのだろうか。あるいはおっさんの思い込みが激しいだけなのだろうか。
俺もいい加減面倒くさくなったので、そのままにしておくことにした。
◆
「私はクリスというしがないドワーフです。もしよろしければシャーマン様のお名前も教えて頂きたいのですが……」
このおっさん、どうも俺のことを尊敬のまなざしで見てくれているみたいだ。
もじもじしてるし、少し気持ち悪い。
「自分はサトウといいます。よくわからないのですが、今朝いきなり自分の部屋の玄関がここと繋がってしまったのです。自分はおそらくこことは違う……別の世界から来たばかりなのです。とにかく、この世界やダンジョンについて色々と教えて頂けるとありがたいのですが」
「何と、異世界からお越しになったのですか! さすがシャーマン様です!」
突拍子もない俺の説明を不思議がらずに受け入れるクリス。さすがってどういう意味だ?
「ひょっとして、こんなことはよくあるのですか」
「いいえ。異世界からシャーマン様が来られるなど、めったなことではありません。物語や古い言い伝えにはよくありますが。しかし、現にこうしてダンジョンの奥でお会いし、食べたこともない異世界の料理まで頂いた以上、信じざるを得ません」
そう言って、クリスは玄関の方に眩しそうな視線を向ける。
明り取りのために玄関のドアを開けっぱなしにしているのだが、クリスはその光と中の様子から異世界感を感じているのかも知れない。
◆
クリスによると、このあたりはアースガリア大陸のほぼ中央部だという。他にもいくつか大陸があるそうなのだが、このアースガリアが一番大きい大陸なのだそうだ。
そして、このダンジョン『
ちなみにクリスは、昨日からこの十階層ではぐれた仲間を探していたらしい。
「実はそのことで、サトウ様に折り入ってお願いがありまして……」
クリスが言うには、仲間を探すのをあきらめてダンジョンの入り口まで帰りたいのだが、自分一人では帰れる自信がない。そこで俺についてきて欲しいという。
「まことに厚かましい頼みですが、聞き入れてはいただけないでしょうか」
「俺は見てのとおり、武器も防具も持っていない。おまけにこのダンジョンのことを何もわかっちゃいないんだ。とても戦力になんかならないよ」
クリスひとりでも入り口まで帰るのが難しいのに、俺なんかがついていっても更に帰還が難しくなるだけだろう。
しかし、クリスはそんな俺を謙遜しているだけだと思ったようだ。
「お言葉ですが、ダンジョンの十階層におられるシャーマン様が無力な訳はないかと……」
「……ごめん。心底無力です」
「え、そ、そんな、まさか……」
俺はクリスに対して自分がいかに弱いかということを噛んで含めるように説明した。つたないプレゼンだとは思うが、分かってもらえたと信じたい。
「…………という訳だ。そんな俺のことより、このダンジョンについてもっと詳しく教えてくれないか」
「はい、サトウ様」
クリスによるとこのダンジョンは、1~10階層の上層と、11~20階層の下層から成っており、この10階層は、上層と下層の魔物が行き交っているのという。ただし、下層については、まだ十分に調査がされておらず、特に20階層は未知の領域なのだとか。更に下層があってもおかしくないそうだ。
要するにダンジョンの難易度が急に上がるのがこの十階層。そして俺の部屋はその最奥付近に出現してしまったらしい。
「じゃあ、この辺りにはどんな魔物がいるんだ?」
「10階層の代表的な魔物と言えば、ケルベロスでしょうか」
ケルベロスって、聞いたことがある名前である。確か、頭が三つある凶悪な犬か狼の魔物だったような?
「ひょっとして、そのケルべロスって、やばい魔物なんじゃあ……」
「その通りです。ケルベロスは別名『地獄の番犬』とまで言われるほど、獲物を情け容赦なく噛みちぎることで有名な魔物です。まあ、シャーマン様からすれば大したことは無いでしょうが」
大したことあるわ! 俺は弱いって説明したばかりだろうが!
さらに下層にいくと、グリフォンや各種ドラゴンも居るという。スライムなどの弱い魔物は、強い魔物のエサになっているらしい。
◆
「しかし、そんな過酷なダンジョンをここまで来たクリスはホント凄いんだな」
「いいえ、そんなこと無いですよ」
ごつい体に似合わず謙遜するクリス。多分、ホントは俺なんかと違ってかなり強いと思うのだが。
「……うっ……あっ…あ」
ところがしばらくして、このおっさんは、俺の前で急に身をよじり出した。
「……と、ところでサトウ様、こちらにトイレはありますか?」
「えっ?」
「よろしければ、貸しいただきたいのですが……うっ……あっ…あ」
急に苦しそうに下腹を抑えるクリス。何だか顔色も悪そうだ。というか、よく見ると額に脂汗を滲ませている。
ひょっとしたら、一刻を争う事態かもしれない。
「そ、その……どうか私にトイレを借しては、い、いただけない……でしょうか」
「おい、大丈夫か?!」
「は、はい……い、いえ、痛たたたた……」
「今までダンジョンの中ではどうしていたんだ?」
「物陰で素早く済ませていました」
正直、「じゃあ外でしておいでよ」と言いたいところだが、目を潤ませながら懇願するおっさんがあまりにも不憫すぎて、俺は喉元まで出かかった言葉を飲み込んだのだった。
まさか、カップラーメンにあたったわけじゃないよな。いや、ひょっとしてあり得るかも。
もしそうなら申し訳なさすぎるのだが……。
―――何だか、急に悪いことをした気がしてきた。
「ど、どうぞ、こちらです」
正直、そこらでへんでも平気で済ましちゃいそうに見えるおっさんなのだが、俺は良心の呵責かしゃくに耐えかねて、クリスに自宅のトイレを使わせることにしたのだった。
「サトウ様、ありがとうございます!」
「さあ、早く!」
「この御恩は一生忘れません!」
「そんな大げさな」
俺は下腹部を押えつつ、涙を流さんばかりに感謝するクリスを案内しようと手を引こうとしたのだが。
「きゃっ!」
「?」
余程切羽詰まっているのだろうか。俺が手を握るや、変な声を上げる。この一大事にそれどころじゃないだろう。
とにかく玄関で靴を脱がせてトイレまで案内する。俺としては、間に合わず、この場で“事故”が起きてもらっては困るのだ。
「サトウ様、こ、これは……」
何ということのない、ごく一般的な俺の家の玄関とその先の廊下も、クリスからすれば「異世界」感が満載なのだろう。
「今はそれどころではないでしょう! とにかく急いでください!」
「は、はい!」
クリスは、相変わらず両手で下腹を抑えつつ、額に脂汗を滲ませている。
もはや一刻の猶予も無さそうだ。
「トイレはここ。用が済んだらこっちのトイレットペーパーを使ってください。最後は、このレバーを動かすと水が流れますから」
「わ、わかりましたっ!」
おっさんは高速で頷うなづくや、体に似合わぬ細身の剣を外すと、急いで個室の中に入っていった。
「よし、この隙に……」
成り行き上、見ず知らずのドワーフのおっさんを家に入れてしまったのだが、できるだけ俺の部屋にあるものは、この世界の人たちの目に入れたく無い。
いくら、俺に対して悪意を持ってないとはいえ、そこは異世界人。
俺の家にある家電製品は出来る限り目に触れないようにしておいた方がいいように思う。用心に越したことはないだろう。
それに、どうもクリスは俺の部屋に興味を持っているような様子だし。
俺はクリスが個室に入っている間に、大急ぎでテレビなどの電化製品に布を被せたり、片づけたりしたのだった。
念のためリビングは立ち入り禁止にすることにしよう。
「ふう……。これでよしっと」
◆
「ぎゃーっ!」
家にある文明の利器をあらかた隠し終わり、一息ついたところで、トイレの方から悲鳴が聞こえてきた。
「おい! どうしたんだ?!」
「…………」
「お、おい! クリス! 一体どうしたんだ?!」
「…………」
個室の中のクリスは俺の呼びかけに応えない。
“ドンドンドン!”
俺は外からトイレのドアをノックするが、クリスは中々ドアを開けてくれない。鍵も中から掛けたままである。
「おい、クリス、どうしたんだ! 開けてくれ!」
トイレの中の様子はうかがい知れないが、事態は切迫していることだけは明らかなようだ。
「あっ……」
「おい、クリス!」
「嫌あああぁぁぁ……」
中からはこの世の終わりの様な声がする。
(あれ? クリスってこんな声だったっけ?)
正直、嫌な予感しかしない。
俺の背に嫌な汗が流れた。
――――――
しばらくして、ようやくトイレのドアがゆっくりと開いたのだが……。
「はうう……」
そこには、下半身をびしょ濡れにした涙目の北欧系美少女がいたのだった。
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