第5話 シャーマン

「とにかく、困っているのです」


 この異世界人、余程切迫しているのか、必死の形相である。正直いって困っているのは俺の方なのだが。


 もし、パソコン画面に表示された情報が正しいのなら、安全なはず。

何しろ、この石造りの部屋は「セーフティースペース」として聖域化されており、俺に対して害意や悪意を持つ者は入れないはず。俺はとにかく信じてみることにした。


「どうぞこちらへ」


「ありがとうございます。……って、ここは、隠し部屋か何かですか?!」


 異世界人は中に入ると声を上ずらせて話しかけてきた。いかついおっさんにもかかわらず、見た目に反して丁寧な言葉遣いである。


 暗闇の中、スマホの明かりを点けてみると、目を輝かせこちらを見つめている。


 俺に対して悪意どころか敬意を払ってくれているようで、ほっと胸をなでおろした。


「光る板ですか。それにしても珍しい魔道具ですね」


「魔道具……まあ、そんなところです」


 話した感じも、悪い人ではなさそうに見えるが、このおっさんは、ここで話をするだけで帰ってもらうことにしよう。


「実は、このダンジョンの中で迷ってしまったのです。仲間とははぐれ、水も食料も切らしてしまいました。少しでいいから分けてくれませんか」


 こんな屈強そうな現地人でさえ困るって、どれだけ危険なダンジョンなんだ。ただやっぱり俺は気になることを聞いておきたかった。


「あの……ひょっとして、昨日もこのあたりを歩いてませんでしたか?」


「その通りです。でも、何で知っておられるのですか?」


 やはり昨日のドワーフは、このおっさんで間違いないようだ。


「……あ、そうか。あなたはもしかして賢者様なのですね? なるほど、それでですか」


 賢者なら知ってて当然とばかり、うんうんと頷うなずくおっさん。


「そんな大そうな者ではありませんよ。とにかく水と食料を持ってきますので、しばらくここで待っていてくださいね」


 俺はおっさんから、空になった水袋を受け取ると家に入り、腹を空かせているおっさんに、何か見繕つくろう。


 確かこのあたりにあったかと思うのだが……。


「おっ、これこれ」


 俺は棚から賞味期限が大幅に切れたカップラーメンを取り出した。


 はっきりとは覚えていないが、何かのキャンペーンでもらったモノだったと思う。製造元は知らないメーカーの名前が書かれてあった。あれだけ頑丈そうなので、賞味期限や製造元なんて気にする必要もないだろう。


「あと少し待ってくださいね」


「はい」


 玄関の窓から外をのぞくとセーフティースペースの暗がり中、ひとり佇むおっさん。


 言葉が通じるせいか、この異人種のおっさんが少し不憫に思えてきた。


 沸かしたお湯をカップラーメンに注ぎ込み、浄水器の水で水袋を満たして戻ると、おっさんはいつの間にか地べたに横座りになっていた。随分と弱っているように見える。


「どうぞ」


 水袋を渡すと、おっさんは無言で一気に飲みだした。


 そして、熱々のカップラーメンとフォークを受け取ると、一瞬固まりはしたものの、わき目もふらずに食べ出したのだった。



 ◆



「んぐ、んぐ、んぐ、んぐ……はぁ~。……美味しい~♪」


 おっさんは、一心不乱に賞味期限切れのカップラーメンを食べると、スープまで飲み干した。


「ふう~~~。満腹です。ごちそうさまでした」


 満足そうに自分のお腹をさするおっさん。この世界のドワーフは、意外と少食なのかもしれない。


 食事を終えたおっさんは、こちらに人の好さそうな笑顔を向けてきた。


 セーフティースペースに無事入れたことといい、この人相といい悪い人ではなさそうだ。


「それにしてもダンジョンの十階層で、これほどまでに澄んだ水とスープパスタを頂けるなんて思ってもいませんでした」


 おっさんはにこやかな笑顔で、相変わらず自分の下腹を撫でている。


 用が済めば帰ってもらおうと思っていたのだが、おっさんの幸せそうな雰囲気につられ、話しかけてみることにした。


「あ、あの……ちょっといいですか」


「はい……あ! 失礼しました!」


 おっさんはそう言うと、はっと気付いたかのように慌てて居住まいをただした。


「命を救っていただき、ありがとうございました。先ほど賢者ではないとお伺いしましたが、さしずめ名のあるお方なのでしょう」


 どうやらこのおっさん、俺のことを勝手に勘違いしているようである。


「いえ自分は、しがないサラリーマンです。いきなり自宅の前がダンジョンとつながって困っているんです」


「しがないサラリーマン……やはり、伝説のシャーマン様でしたか! しかも自宅をダンジョンにつなげられたとは……とにかく、命の恩人のシャーマン様に、お礼をさせてください!」


 そう言っておっさんは懐に手をやり、胸元から見た目に似合わず可愛らしい巾着を取り出した。


 中を開けて硬貨らしきもの取り出そうとしているので、俺は慌てて制止する。


「いえ、そんな。お礼には及びませんよ!」


「そんなこと言わないで、受け取ってください」


 いくら何でも賞味期限切れのカップラーメンと水道水でお金をもらう訳にはいかない。にもかかわらず、おっさんはしつこくお礼をしたがってくる。


「では、お金以外のものでしたら」


 おっさんが出してくれたのは、黒くくすんだ石みたいなものが3つ。


 どこからどう見ても小汚い小石にしか見えないのだが、これらはスライムの中から出て来た魔石らしい。


「全部合わせてもせいぜい1,000ギルといったところです。これほどの上質な水とパスタに対して、割に合わないと思うのですが、これくらいしか無くて……」


「これじゃ逆にもらい過ぎだって」


「いえいえ、どうかお納めください」


 1,000ギルといえば1,000円相当。


 さすがに俺は気が咎とがめるのだが、そんなことはお構いなしに、おっさんは無理にでも渡そうとしてくる。


「そこまで言われるなら、ありがたく頂戴します」


 しばらくの押し問答の末、俺はおっさんの熱意に負け、仕方なくダンジョン産の『魔石』なるものを受け取ったのだった。

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